第四回
(副題:リクルート大作戦・側室編)




by 戸田采女


本作は時系列的には浄夜八の巻「行く春」第一話前半と同時期です。

 小川町の藩邸でも梅の香が漂い始めた。
正月が終わり、側室選びも本格的になってきたが、正直、殿は面倒がっている。
一時は町人でも百姓でもと言ったくせに、『四月に国入りするものを、今つれて来ても仕方なかろうと』とかな〜り投げやり。先日、ようやく念願かなって、中屋敷で右近様としっぽり過ごした後だけに、まったくやる気なし。

 だがお国入りまで二、三ヶ月あれば、十分懐妊の可能性もあると、宝寿院様付き・お年寄の藤江は乗り気だ。

 口入れ屋に奥女中募集広告を出した近江屋も、相変わらずやる気満々だった。

 実は近江屋の知り人の娘で、行儀見習いとして屋敷奉公を希望するものがいる。菓子舗『虎屋』の次女『染』という。三代家光公の時代から続く、老舗である。

「本人もですが、二親(ふたおや)が大層乗り気なのです」
「ほう」
「いえね、虎屋さんは娘が二人。跡を継がせる考えで、早々と姉に婿をとっています。染は小姑というわけで。親御さんとしては早く縁付かせたいところですが、染は少々変わっておりましてーー」
「変わっておるとは?」
「女だてらに絵を描きます」
「なるほど」
読めたぞ、共通の趣味で殿を釣るつもりだな。

「それともうひとつーー」
近江屋は少し言い淀むと、
「お世辞にも美人とは言えません。ただ、殿が『愛嬌のある女子』とおっしゃったので、もしやお気に召すかもしれぬ、と思いまして」
「どのような容姿なのじゃ?」
「はい、『ちん』に似ております」
まさかとは思ったが、
「はて…それは犬の狆か?」
近江屋の目を覗き込んで尋ねた。
「はい。黒目がちの大きな目はなかなか愛くるしゅうございますが、鼻が少々低うて…なれど、これが滅法人好きする顔にございまして」
近江屋が揉み手をしながら相好を崩した。
「なるほどな」
呟きながら、私の記憶の隅にひっかかるものがあった。
「もしや、年始登城の折、下馬所で絵を描いていた娘か?」
「おお、平岡様、さすがお目が高い!」
お目が高いと言われても…返す言葉がなかった。
確かに一度見たら忘れない顔ではあったがーー。



「ぜひ一度ご覧下さりませと』
近江屋に強く勧められ、お年寄の藤江も二つ返事で承諾した。

 側室選びに最初から関わる天満屋も、仲間外れは業腹なのか、自分も『染』を見に来るという。
近江屋は、生け花の稽古に出かけた染を、甘味処の二階から観察する作戦をたてた。

 四人で卓を囲み汁粉をすすりながら、待つこと半刻(一時間)。
往来を三人の町娘らが花を抱えて歩いて来た。
「来ました、あの小柄な左端の娘にござります」
近江屋が弾んだ声で窓の下を指差した。
手はず通り、近江屋の手代が染に声をかけ、世間話をして引き止めた。

 藤江と天満屋は往来を見下ろし、染を頭のてっぺんから爪先までガン見した。

 やがて娘たちが甘味処の窓の下を通り過ぎ、我々がその背を見送った後、
「ご冗談を」
と、藤江がため息混じりに首を振った。
天満屋はこめかみに手をあてて沈黙。

 だが私は改めて染の姿を見て、別のことを考えていた。

(あの娘…目が誰かに似ていると思ったが)

(そういえば…殿は以前、『三郎似のかわゆい女子なら』とか口を滑らしたことがあったな)

 三郎の方がずっと整った顔だが、あの黒目がちの瞳で『殿様、殿様』と懐いてこられたらーー。惣一郎は一見猫好きのように見えるが、実は忠義な犬も大好きなのであった。

(これは案外いけるやもしれぬ。近江屋の眼力も侮れぬな…)



 さて、藩邸に戻った我々は、早速、奥の藤江の部屋で談合した。

「近江屋さん、今日という今日は呆れましたね」
まずは天満屋が口火を切った。
「あり得ませんね。殿のお相手は、その昔は久喜萬字屋の夕霧、そして今は家中一、いや関東一の美男殿。近江屋さん、あの面食いの殿がお気に召す訳ないでしょう?!」
「いえいえ天満屋さん、あなたこそ殿の男心をわかっておられません」
「何ですと?」
「こないだもほれ、ちょっと見、右近様に似た娘を探してきたはいいが、殿はえらく御不興ではありませんでしたか?」
「それはーー」
痛いところを突かれ、天満屋は悔しそうに押し黙った。
勢いづいた近江屋は、
「中途半端に美しい女子など、殿は求めておりませぬ」
何やら自信たっぷりに言った。
「藩主として、気疲れの多い日常をお慰めする、愛嬌のある娘が何より」
「そなたの言うことも一理あるか…」
意外にも藤江が同意した。
近江屋は我が意を得たり、とばかりに、
「手前も始めは見目よい町娘を探しており、染は奉公はともかく、側室にとは考えておらなんだのですが…ま、瓢箪から駒ということもありますし」
膝を乗り出した。
天満屋は相変わらず仏頂面だが、もはや反論する気が失せたらしい。
ややあって藤江が、
「平岡殿はいかがおもう?」
私に意見を求めてきた。

「そうですなあ…」
確かに悩むところだが、ここらで一度変化球を投げて見るのもよいか、と私は思い始めていた。

 何せライバルは右近様である。
美しさではどの道勝ち目はないのだから、別の存在意義があった方がよい。

 愛嬌に加えて、染は絵の心得がある。それもなかなかの腕前らしく、染が挿絵を描いた赤本(童子向け絵双紙)を近江屋が出版しているらしい。おお、これはほとんど同業者ではないか。

 まこと、近江屋の言う通り、中途半端に見目よい娘など、殿は面白くもなんともないだろう。

 私は腹を決めて、にこやかに面を上げた。
「ここは一番、賭けに出てみてはいかがでしょう」
「平岡様、正気ですか?」
天満屋は呆れ顔で私を見た。
「殿のご不興を買っても知りませぬぞ」
「それを恐れていては、埒があきませぬ」
我ながら剛毅な台詞が口をついて出た。
「なれど、ひとつ気がかりがある」
と、藤江が割って入った。
「あのように小柄で立派な御子が産めるのか?」

(やはり、そこが一番心配か)

 藤江にとって、いや、側室探しそのもの至上命題は、お世継ぎ誕生なのだ。

「ご安心くださりませ」
と、近江屋がえびす顔で請け負った。
「なに、痩せているわけではございませぬ。童子の頃から、風邪ひとつひかぬ丈夫な娘と聞いておりますぞ」
藤江は肩で息をつき、
「ならばよい。試してみるか、平岡殿?」
藁にもすがるような瞳で私を見た。

 藤江がそう言うのなら、もはや差し障りはないだろう。
「それがよろしいかと」
私は藤江に向かい一礼した。
「お国入りまで余り日もござりませぬ。近江屋、ふた親と相談の上、染を近日中に屋敷に連れて参れ」
「かしこまりました!では早速」
近江屋は高らかに声をあげ、芝居がかった所作で平伏した。



 近江屋の行動は素早く、季節が梅から桃へと移ろう頃、染は藩邸で奉公を始めた。

 あからさま過ぎないかと思われたが、奥に入って間もなく、染は湯殿の係に任命された。
しかし、あれほど教えられたにも拘らず、
「さっさと拭いてしまわねば、殿様が湯冷めいたします!」と
湯から上がった惣一郎の身体をごしごし拭いて、藤江に大目玉をくらったそうな。

 公方様のように帷子を何枚も用意して、取っ替えひっかえ着せかけて水気を取る、とまでは言わないが、柔らかい布をそっと押し当てて、身体の水気を取るのが、わが藩の作法だった。

(最初から笑わせてくれるのう)

 案の定、怒るどころか殿の反応は悪くなかった。
「何じゃ、あの狆のような腰元は?」
「おお、早速お目に止まりましたか?」
「目に止まったというか…変わった娘じゃと思うて。町人の出か?」
「はい。近江屋の紹介にござります」
「名はなんという?」

(おお、ようやくそこまで漕ぎ着けたか!?)

 私は内心しめしめと思いながら、真顔で続けた。
「菓子舗の娘で『染』と申します。ふた親が行儀見習いのため、屋敷奉公をと申しまして」
「さようか」
殿は片手で顎を撫でさすった。
「近江屋の話だと、少しばかり絵を描くようですぞ」
「ほう」
「この染という娘。実は殿の絵にいたく感心し、当家への奉公を希望した次第で」
「え"?」
よもや四十八手枕絵ではあるまいなと、殿のぎくりとした様子が見てとれた。
「まさか。江戸名所図鑑のほうでござります」
「であるか」
殿が安心したように目尻を下げた。
「一度、絵をお描きになる時、見学させてやってはいかがですか?」
「それは構わぬが」
「では早速、染に伝えておきます。喜びまするぞ!」
声が妙に積極的だったのか、殿は私を訝しげに見た。
「よもや…あの狆が」
ほとんど聞きとれぬくらいの声で、
『側室候補ではあるまい?』と続いた。
殿はなおもまじまじと私を見つめている。
笑い出したいのを堪え、
「なにか?」
私はできる側用人の顔でクールに応えた。
「…いや、なんでもない。よきにはからえ」
「ははっ」
平伏する私を前にし、白扇を開いたり閉じたり。
何やら落ち着かぬ殿であった。

おわり






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