『誕生日おめでとう、ミロ』
11月8日を迎えた直後、真っ先に誕生日の祝いの言葉を贈ったのは、カノンだった。
「ありがとう、カノン」
感謝の言葉を返しながら、ミロは空を見上げる。
まだ冬に向かう途中でも、11月の夜はもう充分に寒い。
ブランケットを体に巻き付けながら、ミロは天蠍宮の裏庭に座り込んでいる。
『…こんな形になって悪いな』
「いや、かまわない。むしろ最初に祝ってもらえて嬉しいよ」
聞こえてくるカノンの声は小宇宙の念話で、直接ミロの頭の中へと流れ込んでくる。
当のカノン本人は、ミロのいる聖域から遙かに離れた海の向こうの地。
今は七将軍の一人、海龍として忙殺されているカノンは、ミロの誕生日当日までに聖域へ戻ることが叶わなかった。
それでも誕生日を迎えてすぐにミロへと小宇宙を送ってきたのは、誕生日までに聖域へ帰れなかった申し訳なさからか、恋人としての意地からか。
ミロの見上げた夜空には、並んだ三ツ星が目立つオリオン座と、オリオン座のほど近くに陣取る双子座が見えた。
遠い地にいるカノンと小宇宙を使用して会話する夜は、ミロはこうして屋外へと出ることが多かった。
これからの季節は夜は冷えるが、カノンの星座でもある双子座を眺めることができて、いつもよりカノンが近くにいるように思える。
『やっぱり直接会って言いたかったな』
今、目の前にカノンの姿がないのは、ミロとしても正直に言えば寂しいが、こうして特別な言葉を贈ってくれるのは純粋に嬉しかった。
悔しそうなカノンの言葉さえ、自分に執着していると、特別に愛されているのだと感じられて、ミロはくすぐったいような、心地良いような気分になる。
「だったらこっちに帰ってきたときに、またおめでとうって言ってくれ」
ミロは上機嫌で要望してみたが、カノンはそれも納得がいかなそうに唸る。
『誕生日以外の日におめでとうなんて、意味がないだろう』
「カノン、知ってるか?誕生日を祝っていいのは、誕生日当日の半年前と、半年後までだそうだぞ?」
あくまで当日に拘ろうとするカノンへ、いつだったか記憶が定かでないが、どこかでそんな話を聞いたと教えてみる。
『…いや、それだと一年中にならないか』
ミロの言葉に惑わされなかったカノンがすかさず突っ込んでくるが、そんなことはミロだって理解している。
「なるなぁ。つまりはいつでも良いんじゃないか」
『いくら何でも大雑把すぎるだろう』
「大雑把で結構。て、言うかさ。カノンに祝ってもらえるなら、いつでも嬉しいってことなんだけど」
『お…』
ミロがさらりと本音を口にすれば、カノンは一瞬驚いたように息を詰めた後に、嬉しそうな、少し困ったような笑い声を漏らした。
『それじゃあ、次に会える時に、二人でしかできないことでいっぱい祝ってやるよ』
とびきりにキザったらしいで、カノンが囁く。
「…楽しみにしてる」
カノンの声色で言葉の意味を理解したミロは、少しだけ自分の頬に熱を帯びたのに気づいた。
手の甲で頬を擦りながら、自分の姿がカノンに見えないことを今だけは少しよかったと思ってしまう。
こんなに単純に、カノンの言葉に反応してしまう自分は情けなくて恥ずかしい。
意識をしてしまうと、途端に色々なことを思い出してしまう。
すっかりご無沙汰になっているカノン本人の声音や、触れてくる手の感触、身を寄せ合ったときの温度を思い出せば、ミロは今夜の外の寒さが急に厳しいものになったように感じてしまう。
「できれば、本格的に寒くなる前に帰ってきて欲しいな…」
ミロは夜の空気から身を守るように毛布を手繰り寄せながら、ぽつりとこぼす。
「今も寒いけど」
『寒いって…お前今、どこにいるんだ?』
「天蠍宮の裏庭。外にいたほうがカノンの声が聞こえやすい気がしてさ」
『裏か。どうりでなかなか見つからないわけだ』
「…え?」
カノンの言葉を聞き返そうとしたミロの背後で、ガチャリと戸の開く音が聞こえる。
慌ててミロが振り返ったその先、天蠍宮の住居への扉を開けて立っていたのは、他でもないカノンだった。
裏庭へと降りたカノンは、いたずらに成功した子供のような笑顔を浮かべてミロへと歩み寄る。
「誕生日おめでとう、ミロ」
つい先ほど小宇宙で伝えられた言葉が、今度は目の前にいるカノンから直接ミロへと贈られる。
まさかのサプライズに最初は面喰っていたミロだったが、カノンに追加とばかりに肩を抱き寄せられて頬にキスをされて、ついに笑い出す。
「驚かすなよ、もう!」
少しだけ抗議するように唇を尖らせながら、ミロは毛布から腕を伸ばし、カノンの首へと回す。
夜の寒さは、もう感じられなかった。
ミロ、お誕生日おめでとうございました。
大遅刻で申し訳ない。けど誕生日って(以下本文参照)。
ミロがお話の中で言ってる「誕生日を祝って云々」は、千葉の夢の国のキャストさんがそんなこと言ってた。
って、うちの姉が言ってました。素敵な考えだなぁと思います。
日付2012/11/18