ベッドを共にするとき、カノンとミロは眠りにつくまでの時間にたわいもない話を楽しむのが恒例になっていた。
元々は恋人としてつきあい始めでまだぎこちない頃、抱かれた後は恥ずかしがって背を向けてばかりいたミロの気を引くために、カノンが寝物語を話しだしたのが最初だった。
それが今では、その前に行為のあるなしの関係なく、二人並んで眠るときには静かにゆっくりと話をするのが決まり事のようになった。
会話の内容はその日の昼にあった出来事や、思い出話、昔読んだ本の感想など、まるで夕食の席で話される話題とかわりのないような些細なものばかりだったが、取り留めのない話題もベッドの中で身を寄せ合い、たまにお互いの肌や髪に触れながら話し合えばとても親密なやりとりに思えて、カノンもミロも眠りにつくまでの短いこの会話の時間をとても大切にしていた。
そして今夜は、カノンがミロに何か話してほしいとねだっていた。
先ほどカノンに組みしかれてさんざん喘がされたミロの声は、少しだけかすれている。
そんな、けだるげでいつもより少しだけ聞き取りにくいミロの声を聞くことも、カノンの楽しみだった。 カノンにうながされて、ミロはしばらく考え込む。
「それじゃあ、昔話をしようか。カノンにも関係のある話だ」
そう言ってミロは静かに話し始めた。
幼い頃のミロは、サガに甘えるのが好きだった。
周囲に人がいるとき、特に年の近い友人達の前では大人ぶってそんなそぶりは見せないが、たまに二人きりになれた時にはサガにくっついて離れなかった。
その日もミロはサガと遊びたくて、一人で双児宮を訪れていた。
「やあ、今日もきたね、ミロ」
双児宮の奥の私室で机に向かって読書をしていたサガが、本から顔を上げながらミロに笑いかける。
サガをビックリさせたくてこっそり忍び込んだつもりのミロだったが、小宇宙は隠しきれなくて全てサガにばれていた。
「サガ、遊ぼう!」 読書中ということは、今のサガは特別忙しい訳じゃないはずだ。
追い返されたりもしないだろうと判断したミロはサガの許へ駆けていく。
だっこをねだるように両腕を伸ばせば、サガは嫌がる顔も見せずに軽々とミロを抱き上げて膝の上に乗せてくれた。
サガの両脚を跨ぐようにして、ミロはサガと向き合う。
サガの膝の上に乗ることができて、ミロは上機嫌になった。
背が高くて、格好よくて、とても強いサガ。
みんなに優しくて好かれているサガの膝を、今はミロが独り占めしている。
こうして膝に抱いて頭を撫でてくれるのが嬉しくて、その気持ちが抑えられないミロは前からずっと言いたかったお願いを口にしていた。
「あのさ、サガのこと、お兄ちゃんて呼んでもいい?」
サガは驚いたような顔をして、それから笑顔になった。
それは困ったような、申し訳なさそうな笑顔だった。
「すまないね。それは無理なんだよ、ミロ」
ミロの髪を撫でながら、言い聞かせるようにサガは続ける。
「私を兄と呼んでいいのは、この世で一人だけなんだ」
サガは「いいよ」と言ってくれるかと思っていた。
その予想が外れたことにミロはショックを受けていた。
だが、サガが断るその理由を聞いて、その意味を考えて、理解した瞬間にミロの落胆は吹き飛んでいた。
「サガ、きょうだいいるんだ!?」
どんなやつ? 弟? 妹? そいつも聖闘士なの? とミロは矢継ぎ早に質問する。
「そう、私には兄弟がいるけれどね、でも今はまだなにも教えられないんだ」
サガは立ち上がりそうな勢いで、サガのシャツの胸辺りを掴んで興奮気味に質問攻めにしてくるミロをなだめる。
「私の兄弟の事は誰にも知られていない秘密なんだ。ミロも他の人には絶対に言ってはいけないよ」
ミロの瞳をじっと見つめながら、サガは声を落として話す。
サガの表情と声色に、これは本当の秘密なのだとミロは感じ取る。
「おれ、だれにも言わないよ……!」
サガの真似をして、ミロもできるだけ真面目な顔をして小さな声で答える。
真剣な表情のミロと見つめ合って数秒後、サガはありがとう、と言って、今までずっと頭を撫でていた手でミロの手を取った。
「いつかミロにも紹介できる日がくると思う。その時はよろしく頼むよ」
「うん、サガのきょうだいだもんな! おれぜったい仲良くできるよ!」
自信満々に頷いたミロに、サガも嬉しそうに笑った。
「……とまあ、そんなことがあったんだ」
ベッドの上で肘をついて寝転んだミロが語り終える。
「……ふーん」
ミロの隣で黙って話を聞いていたカノンの口から出たのは、そっけない返事だった。
カノンが妙に興味なさそうな返事をするときは、大概照れている時だ。
そんなカノンの反応は、今やそれなりの付き合いになったミロには隠しきれない。
「カノン、サガに愛されてたんだよなぁ」
からかうように、可愛がるように愛情を込めて、ミロはカノンの頭を撫でる。
カノンは照れ隠しに顔を背けはしたが、それ以上の抵抗しないまま、おとなしくミロに頭を撫でられる。
「サガにお前を紹介してもらえるのを、ずっと一人で待ってたんだ」
カノンの頭を撫でたことで、あの日自分も同じそうにサガに頭を撫でられた事を思い出したのか、ミロは感慨深げに話す。
その言葉を聞いて、カノンはミロのほうへ顔を戻した。
「一人で? 俺の事は誰にも言わなかったのか」
親友のカミュや、何かと長い付き合いのアイオリアにも打ち明けていなかったというのは意外だった。
「ああ。サガに誰にも言っちゃいけないって言われたからな」
大好きなサガとの二人だけの秘密は、ミロにとってそれほどに特別だったらしい。
それに、とミロは続ける。
「いつかお前が皆に紹介される日が来た時に「俺は知ってたぞ!」って自慢したかったんだ」
ミロは笑う。その笑顔でカノンは思い出す。
聖戦の終了後、神の愛とも気まぐれともとれる奇跡で再度の生を与えられて、アテナ神殿の前で他の黄金聖闘士達と一緒に目覚めた時の事を。
アルデバランのように、聖戦の最中にカノンと出会えなかった黄金聖闘士に向かって、ミロは胸を張ってカノンを紹介した。
その時の自慢気で嬉しそうだったミロの横顔を、カノンは良く覚えている。
あれは、長年思い描いていたミロの夢が叶っていた瞬間だったのか。
そう思うと、改めてミロが可愛く思えてくる。
たまらなくなったカノンは、話し終えてそろそろ眠ろうかと体勢を変え始めていたミロに腕を伸ばした。
触れてくるカノンの腕に首を傾げかけたミロだが、カノンが腕枕しようとしている事にすぐに気が付いた。
「いいって。腕が痺れるぞ」
「俺がしたいからいいんだよ。やらせろ」
ミロの身体を抱き寄せながら、首の下にグイグイと腕を入れようとするカノンに折れたミロは、自分が落ち着く位置と、カノンの腕の負担ができるだけ少なくなるよう首の位置を調整しながら、その身を預けた。
腕枕の体勢を整えて、至近距離で見つめ合って、ミロがフッと笑う。
「なんだよ」
「いや、俺はサガの兄弟と仲良くできるって約束したが、こんなふうに仲良くすることになるとは思ってもなかったな、って」
「その当時から予想できていたら恐ろしいだろ」
「違いない」
笑うミロがカノンの頬に触れる。
それに応えるようにカノンはミロに軽いキスをした。
ミロは満足そうな表情をしながら、カノンへおやすみを伝える。
十分に睡魔が訪れていたようで、ミロは目を閉じるとすぐに寝息をたてはじめた。
眠るミロを見つめながら、カノンは幸せをしみじみと噛みしめる。
先程の思い出話の中でのサガの言葉に驚かされて、カノンは照れ臭くも嬉しくなったが、それに負けないくらいミロにも喜ばされた。
ミロは幼い頃から、それこそカノンが何者かもわからないうちから仲良くすると決めて、出会える日をこんなに楽しみにしていてくれたとは。
愛しいミロを抱きしめて眠る今夜は、間違いなく良い夢が見られる。
そして朝になって目が覚めても、隣にはミロがいてくれる。
明日の朝の幸せな気分を想像しながら、カノンも眠りについた。
パラダイス銀河16で無料配布した小話です。
サガはミロが約束を守ってくれない悪い子だったら、その場でミロの記憶を消し飛ばすつもりでした。
ミロはその事に気づいてないし、サガも話すことはないので真相は明かされません。
まさかカノンとミロがここまで仲良くなるとは、サガも思ってもみなかったでしょう。
最初はカノミロで腕枕するしないの部分を書きたいと、それだけで思い付いた話でしたが、こんな感じになりました。