静かな室内に、ペンの走る音と紙をめくる音が響く。
黄金聖闘士と言えども組織の一員、非常事態中でもなければ退屈な書類仕事を任されることもある。
「……ミロって実は天使なんじゃないか」
長々と続く面倒で退屈なデスクワークに疲れたのか、シュラが突然ぽつりとつぶやいた。
小さな声だったが、静まり返っていた執務室にいる全員の耳に入るには十分な音量だった。
アフロディーテはペンを持つ手を止めると、信じられないと言いたげな表情でシュラを見つめた。
「今頃気づいたの!?」
「あんなでかい天使嫌だぞ」
アフロディーテの隣に座っているデスマスクが、もっともな感想を漏らす。
ただ、デスマスクの言葉はこちらへ近づいてくる足音で途中でかき消された。
バン!と大きな音を立てて、執務室の出入り口が開かれる。
それと同時のタイミングで、出入り口の反対側にある窓も開いた。外側から。
ドアの前にいたのはサガで、窓の外にいたのはカノンだった。
「「ミロは天使と聞いて!」」
双子は見事にハモった。
そのままサガとカノンは室内へ入ってくると、二人は当然のようにシュラとアフロディーテと一緒になって『ミロの天使エピソード』とやらを熱く語り始めている。
「……なあ、そういう話はせめて、本人のいないところでやってくれ」
俺の言葉は、残念ながら盛り上がる四人には届かない。
戸惑う俺を、カミュはなんともいえない表情で見守っている。
親友よそんな目で俺をみるな。
カノンは、天蠍宮の入り口でミロの後ろ姿を発見した。
ミロはふわふわの金髪が地面につくこともお構いなしにその場にしゃがみ込んで、何かに夢中になっているようだった。
「なにしてるんだ」
背後からミロに声をかけてのぞき込む。
ミロの足元には、ミロに腹をなでられてご満悦といった長毛の猫がいた。
「カノン。ほらほら、猫だ!」
ミロは声だけでカノンを判断し、立ち上がることもなく猫をなで続けている。
「猫って可愛いなぁ。な、かっわいいよなぁ」
ミロが同意を求めるようにカノンへ笑顔を向ける。
猫にとろけるミロの笑顔は、カノンも滅多に見たことのない、極上の笑顔だった。
おまえの笑顔のほうが可愛いわ!
カノンはそう叫び出したいのをぐっとこらえる。
ミロはそんなカノンの心中など気づかない。
むしろプルプル震えるカノンもまた、猫の可愛さにやられたと勘違いしたようだった。
「あ、カノンも触りたいのか?もふもふで気持ちいいぞ〜」
ミロが体をずらして、自分の隣にとカノンを誘う。
「……じゃあ、お言葉に甘えて」
ミロの隣にしゃがみ込んで、手を伸ばしたカノンだったが、その手は猫ではなく、ミロの髪の毛に触れていた。
「カノン!?」
「おー、確かに気持ちいいな」
すぐにカノンの手を払いのけようとしたミロだったが、手を挙げようとした所で猫がニャッと不満げに鳴いた。
猫を撫でる手を止められず、カノンに撫でられるのも止められず、おかしな撫で合いにミロは小さく唸った。
「痕、残ったな」
初めて二人で迎えた夜、薄明かりの灯る寝室で二人で肌を晒した後で、ベッドの上で俺に組みしかれたミロはそう呟いた。
左肩近くに残る傷痕を眺めて、指で触れて、それからミロの漏らしたため息は、ほんの少しだけ喜びが含まれていた気がした。
俺の全身には、ミロに打ち込まれたスカーレットニードルの痕が残っている。
二人きりの行為の最中、指や唇でミロがそこに触れてくるのが好きだ。
ミロが楽しそうに、恥ずかしそうに、時々は煽るように俺に触れる度、幸福感と、もっと下半身に直結した欲に満たされる。
不思議なことに、俺と同じようにミロからスカーレットニードルを受けているはずの氷河やサガ達は、傷は治りきって何も残っていないと言う。
サガは風呂上がりに素っ裸で双児宮をうろついているので、本当に痕がないことは嫌でも確認できた。
俺のも、そのうち消えるのかな。
そんな俺の言葉に、ミロは
「消えない」
ときっぱりと答えた。
「俺が消したいと思ってないからな」
不思議そうな顔をする俺を見て、ミロは笑いながら、俺に傷を残したその指先を向ける。
「マーキングだから、カノンが俺のでいてくれる限りは消えないよ」
理解した俺は、差し出されたミロの指先にキスをした。
この身体に残る傷痕がミロの想いならば、一生消えてほしくないと強く願う。
ミロに一生飽きられない男でいるためにはどうすればいいのか、しばらくはこの問題で頭がいっぱいになりそうだ。
入院中に600字縛りやってました。600字久々にやったけど、すぐ字数が足らなくなってけっこう大変。でも書きたい所を切り取れるのと投げっぱなしジャーマンできる所が鋤です。
2013/02/05