笑って、笑って


 信子が笑ってくれた。
 いつもの引きつり笑いではない、全く普通の笑い方で、「友達ができた」と本当に嬉しそうに。
 彼女が嬉しいともちろん彰も嬉しい。けれど、同時に苦しくて、制服の胸を掴む。皺になったってかまうもんか。
 信子を笑わせたのは、「友達」。彰ではない。彰の力ではない。
 俺って、野ブタにとってなんだろう?
 彼氏、にはまだまだ遠いということくらいわかってはいたけれど、男友達にすら思ってもらえていなかったのか。
 彰は考え込んだ。何かを一生懸命考えたことなんて、今までなかったのに。
「……」
 くい、と袖を引かれてそちらを見ると、うつむいた信子の黒い頭。
 彰が長い間何も言わなかったから、不安に思ったのだろうか。
 きゅうと彰の胸が苦しくなる。切なさを誤魔化したくて、彰は明るい声をあげた。
「野ブタ、笑顔の練習の成果、出てんじゃ〜ん」
「え」
「こないだの笑顔、ちゃんと出来てたっすよ」
「そ、そうかな」
 嬉しそうな顔、だけれどこの間のような会心の笑顔とは違う。
 俺じゃ、あの顔はさせらんないってことか。
 心の表面に斜めに走った傷を隠して、彰は
「かわいい、かわいい」
 内心どきどきしながら頭を撫でると、信子はくすぐったそうに首をすくめた。
 彼女は気付かない。彰の中に生まれた黒い塊に。
 独占欲と呼ばれるそれは、時に暴走して人を傷つけることすらある。
 今はまだうまく制御できているが、一度たがが外れてしまったらどうなるだろう。
「んねー、野ーブタ」
「なに?」
「俺さぁ、野ブタのボーイフレンド? イエスorノー?」
 ボーイフレンド、直訳すると男友達、俗語としては彼氏。
 信子の喉が上下に動くのを、彰は眺めていた。
「い……イエス」
「ファイナルアンサー?」
「ファ、ファイナルアンサー」
「あー野ブタってホント素直でかわいい!」
 信子に笑って欲しい、その気持ちに嘘はない。でも。
「本当に……かわいい」
 野ブタをとびきりの顔で笑わせるのは、俺でありたかったのに。



倉庫に戻る