ヒダマリ少女

 野ブタが、俺のことを好きになってくれないかなー……。

 『考える人』になって、彰は考える。信子は傍らで『北風と太陽』のイラストをノートに描いていた。
 屋上の景色は今まさに『北風と太陽』で、風は寒いが日差しはそれなりにぽかぽかしている。
――――野ブタの周りは、ヒダマリみたい。
 どうしたら好きになってもらえるだろう。野ブタはどういう男を好きになるんだ?
 彰はうーとイヌ科の動物のように唸って、自分の場合はどうだったかと思い返してみた。
 信子を好きになったのは、いつ、なんで、どうやって?
 白状してしまうと、彰にとっては信子が本格的な初恋なので、勝手がよく解らない。
 可愛いから?
 そっと信子の様子を伺ってみる。
 確かに彼女は驚くほど可愛くなった。
 だが、見た目が可愛い子なら、今までだって他にいくらでもいたわけで。
 いつでも一生懸命だから?
 だから、何かに一生懸命になったことのない自分は、その一生懸命さに憧れたのだろうか。
 考えていると、ひときわ冷たい風が身体にぶつかってきた。
「あっくしゅん!」
 彰の盛大なくしゃみに、信子の顔がぱっと上がる。
「か、風邪?」
 彼女はごそごそと鞄をさぐると、中から手袋を取り出した。
「はい。小さいかも、しれないけど」
 えーうわーこれって野ブタの手袋じゃんどうしよーどうしよー、とばくばくいう心臓をなだめて、彰はそれを受け取った。
「サンキュベリマッチ。ちょっと借りるのよー」
 自分の持っているものを惜しげなく他人に与える、何かを分けるときは、ためらいなく大きいほうを相手に差し出す。
 信子は自然にそういったことが出来る子だった。
 優しい子だな、と思う。
「野ブタは……やーさしーいね」
「そ、そんなことない。ふ、ふたりのほうが優しい」
「二人って、修二と俺?」
「う、うん」
「……そっか」
 別に、プロデュースは二人でやってるわけだし。修二と同列なのは、仕方ないけど。
 少し拗ねた彰に、下を向いた信子は気付かない。
「こんな私に、や、優しくしてくれたっ、から」
「そりゃー……」
 彰は口の中で小さく呟いた。好きな子に優しくするのはフッツーのことっしょ。
「え……?」
「あ、聴こえなかったならいいや」
 彰は笑って、手袋を手に嵌める。毛糸のそれは少し窮屈だけれど、温かかった。
 見返りが欲しくて優しくするんじゃなくて、そうしたいからする。
 別に好きになってもらえなくても、好きな子にはうんと優しくしようと彰は誓った。


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