どうかその温かさを思って


「強い男になりたいんだ」
 いつものようにふざけずに、大真面目に彼は言う。
 なんの、ために?と尋ねた信子の声は、彼に比べたら、自分でも情けなくなるくらい弱かった。
 彰は信子に笑って見せるけれど、どうしてそんなに悲しそうに笑うんだろう。
 そんな顔をさせる原因が自分なのかもしれないと思うと、信子まで悲しくなってしまう。
 信子の喉がごくりと鳴った。不穏な動悸が信子を責め立てる。前髪で視界が隠れる。
 黒い髪の隙間から、彰の顔が透けて見えた。初めて会った人みたいだ、と思った。
「俺さ、男の子は女の子を守るべきだと思うのですよ。泣かせるなんて、もってのほかー」
 自分が好きになった女の子は、世界で一番大切にしなくてはいけない女の子。
「でも今の彰君は、未熟者ですから。女の子を泣かせる一番の理由が俺なんて、シャレになんないっしょ?」
 信子の下ろした両手に力がこもる。彰が信子にそうさせる。
「だから、強くなって、その子を傷つける全てのものから守れるような力が欲しい。そーゆー、男になりたい」
 太陽のまぶしさが目に沁みて涙が出るように、彰の表情に、信子も涙が出そうになった。
「……っ」
「ああ……野ブタ、泣いたらダメなりー」
 信子は唇をぐっと引き結んだ。
 握り締めた手が汗ばんでくる。
「……ダーメ。そんなに強く握ったら、痛いいたーい、でしょ?」
「……あ」
 信子の手をやんわりと解く彰の手。手のひらにはくっきりと赤く、爪の痕が残ってしまっていた。
「わ、わたしは」
 ん?彼がこちらを覗き込む。
 彼の目をしっかり見返したくて、でもそれには前髪が邪魔で、信子は隔てるものを指で払った。
「私も、強くなりたい。強く、なる。それにっ」
 こみ上げてくる思いをそのまま言葉に変えて、ぶつけるように言った。
 きっと彰なら受け止めてくれるはずだ。きっと。
「ひ、人のために泣くのは、必ずしも悪いことじゃないと思う」
 少し早口になった。
 驚いたように見開かれた彼の目に、自分はどのように映っているのだろう。しっかりと届いていればいい。
「う、うまく言えないけど、大切に思うから泣くってことも、あると思う」
 でなかったら、この胸の切なさはなんなのだ。彼が悲しげな顔をする理由も。
 彰の目は、薄い水の膜に覆われて光っている。
「でも俺は、泣いて欲しくないよ。笑っていて欲しいんだ」
 肩に生じた温かさが彼の手の温度だと気付いて、信子はますます泣きそうになった。



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