遠くの空の向こうの君


 潮騒がうるさい、などとダジャレのようなことを考えてしまい、修二は苦笑した。
 この町は海沿いで、波の打ち寄せる砂浜が続いている。
 冬の海は寒いものだが、隣にいるやつのおかげでそれほどにも感じなかった。
 それなりに緊張して臨んだ転校先の学校に、この『親友』は先回りしていたのだから侮れない。
 すぐ側に親友と呼べる人間のいてくれるというのは、心強いものだ。
「でもさ、草……じゃなかった、彰」
「んー?」
 湿った砂浜の上にじゃりじゃりと足跡を残しながら歩く。
 彰は下を向きながら答えを返してきた。貝でも探しているのだろうか、とぼんやり修二は考える。
「本当に野ブタ残してきちまって良かったわけ?」
「くどい! 言ったデショ、野ブタが一人でも大丈夫って言ったって」
「いや、そりゃわかるんだけど。でもお前、野ブタのこと好きじゃん。もういいの? 諦めたのか?」
 彰は砂を蹴り上げた。濡れて固い砂は大き目の粒になって散る。
「好きって! 好きって! いやん、そんなはっきり言われると照れるじゃんかっ」
 男が恥じらってもキモイだけだよと妙な感慨を覚えつつ、修二は続けた。
「今更だろ。で」
「もっちろん、諦めナッシング! おーれーがー、一人前になったらー、迎えに行くのー」
 ブイ! と彰は自信たっぷりに言い切った。修二は相槌を打った。
「へーそう」
 ざあ、と足元すれすれを波が攫っていく。
 ふと、修二は『親友』をからかってやりたくなった。
「でもさあ、野ブタが待っててくれるとは限らないんじゃね?」
「え」
 彰が固まった。
「遠距離恋愛って難しいらしいぞ。しかもお前らは恋愛ですらないじゃん。野ブタ、お前の気持ち知らないわけだし」
「うっ」
「一人でも大丈夫ってことは、十分魅力的な女になったってことで、周りも放っとかねぇだろうしなー」
「いぃっ」
「野ブタの一番大切な人がシッタカの可能性もあるし、もしかしたら、マジにシッタカと付き合っちゃったりなんかして……」
「あああああああ!!」
 修二の追いうちに、彰は大声をあげ、頭を抱えてうずくまった。
「俺、週末毎回帰る!」
「帰るって、今のお前の家はここにあるだろ」
「おいちゃんのとこに帰る! 新幹線で帰る!」
 待っててくれ野ブタァァァァ、という叫びが、水平線の向こうに飛んでいった。
 俺をびっくりさせたお返しだ、と修二は溜飲を下げたのだった。


(05.12.18)