このバカ、このバカ、ボケッ。
頭の中がんがん罵倒が渦を巻いて、アウルは眉をゆがめた。
なに許可無くいなくなってんだよバカ、とか。
なんでザフトの奴らなんかと一緒にいるんだよバカ、とか。
しかもなんで懐いてるんだよバカ、とか。
僕はステラの兄貴なんかじゃないっつのあのザフト死ね、とか。
並び立てて見ればどれもこれも実にくだらない理由で、なおさらそれがアウルを苛立たせた。
スティングは運転で前を見ていなければいけないが、助手席の自分は後ろを向いてもなんの問題も無い。
だからわかってしまう、足のハンカチ(――怪我をしたのか?)を撫でる手つきの嬉しそうなのだとか、あいつと別れて寂しそうな目をしていることだとか、時折あいつの名前を魔法の呪文のように優しい声で唱えていることも、全部だ。
邪魔してやりたいと思い、ステラの意識を僕に向けさせてやると考えた。
どうしてそう思うのかは知るか、どうでもいい。
「海に落ちたって? お前のことだから足でも滑らせたんだろ」
「……」
また怒られると思ったのか、ステラはうってかわって怯えた表情を作ってアウルを見る。
くそ、と舌打ちしたいのをこらえてアウルは唇の端を吊り上げた。
「怒んないから言ってみ」
「……本当?」
ぱぁっとステラの顔が輝いたので、アウルは後でぶつけようと思っていた酷い言葉を胸の中で霧散させた。
そう、最初っからそういう顔をしていればいいんだ。そしてあいつじゃなくて僕にだけ。
「あのね……踊ってたの。そうしたら落ちたの」
「はぁ? なんだそれ。お前ほんとにバカだろ」
「……怒んないって言ったのに」
「別に怒ってないじゃん。呆れてるだけだって」
「怒ってない?」
「怒ってない、嘘じゃねえって」
良かったと安心したように笑う顔は今自分に向けられている自分だけのものだ。
そのことがとてもアウルを満足させ、ちょっとした優越感に浸らせる。
ハンドル握ってるスティングも、あのザフトのやつらも、ネオも、ざまあみろ。
「なあ、お前踊るの好きなのか」
「好き……」
「じゃあ今度踊るときは、落ちないように僕が見ててやるよ」
我らがお姫様は、いつもとても危なっかしいから、と自分の胸にささやかな抵抗をしてアウルはオープンカーのライトが照らす前を向いた。



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