扉を開けた途端中から聞こえてきた泣き声に、この部屋は防音だったんだなと今更ながらに思った。
座り込んで泣いているステラの横で、スティングが珍しく困り果てた顔で、自分へと「助かった」という視線を向けてくる。
「な、なに?」
うろたえたアウルは一瞬、こいつにもどうしようもない時に僕に頼ったりするようなことがあるんだな、などと妙な優越感を抱いてしまったのだが、その後にすぐ、そんなやっかいごとを僕に押し付けられたってごめんだ、と考え直した。
「ナイスタイミングだアウル! 俺、ちょっと呼ばれてるんだよ。ステラ頼むな」
「た、頼むって」
ああなるほど、呼ばれてさえいなければスティングは、どんなに時間をかけてもステラを優しくよしよしと慰めて落ち着かせ、その役目を僕に譲ったりはしないだろう。
「ちょい待ち、行くんならとにかく状況だけでも説明してけよ! もしくはネオでも呼べばいいだろ」
「呼んでいいのか? お前は」
切り替えされてうっと詰まる。確かにそれは、アウルとしてはあまり面白くない。
スティングはそんなアウルをわかっているように笑って、
「それにネオを呼ぶほどのことでもないしな。俺はもう行くから、ステラに訊いてくれ」
「だから、何があったんだって! スティング!」
アウルの声を無視し薄情にも出て行ったスティングに、恨んでやる、と呟いて、傍らに残されたステラを見た。
うう、とかああ、とか、ひっくひっく泣いている。
「僕にどーしろってんだよこれ……」
途方にくれて、アウルはくしゃりと髪に手をやった。……ガキをなだめるのは苦手だ。
とりあえずしゃがみこんで目線の高さをほぼ同じにする。
「なー、なに泣いてんの」
「……っ」
予想はしていたことだが答えは無かった。
はー、とため息をついて、出来るだけ優しい声音を作る。
「なんで泣いてんだよ。泣くなよ」
不本意ながら託されてしまった以上、勝手に泣いてろよと突き放すわけにもいかず、苛立ちを押さえ込む。
ひっくひっくひっく。
「〜〜泣き止めって!」
押さえ込めなかった。どだい無理な話なのだ。
アウルの怒鳴り声で、ますますステラの泣きじゃくり方に拍車がかかる。
「ああもう、泣きたいのはこっちだっつうの」
思わず口にしたアウルのぼやきに、ステラが反応した。
「え……?」
「ん?」
「アウルも……泣く……?」
「は」
「アウルも……いっしょに、泣く?」
「はあ?」
目だけは涙を浮かべたまま、ステラはにこりと微笑んだ。
泣き止みかけてんじゃん、とアウルは思ったが口には出さない。藪をつついて蛇を出す気は無かった。
それにしても、何がそんなに嬉しいのかわかんね。
「あのね、涙、しょっぱいの」
――この時点でアウルには落ちが読めた。
「海と同じで?」
読めた落ちを言ってやると、ステラはきょとんとアウルを見てくる。
「なんで、わかるの……? すごいね、アウル」
わからいでか。
「それで、泣いてみたの。そしたら、止まらなくなったの。止まらないの。スティング、困るって。アウルも困る?」
なんだよ、そんなことで僕は振り回されたのかよ。
くだらなさに、さっきのスティングが言っていた意味がわかった気がした。
アウルは脱力しきって、それでもステラを抱き寄せ、自分の胸に顔をうずめさせた。
「……しばらくこうしてりゃ止まるよ」
本当はもうほとんどステラは泣きやんでいたのだけれども、本人が気づいていないようなので、これくらいの役得はかまわないだろう。
うん、と胸の中でステラは呟いて、アウルはそんなステラの耳元にこっそりと悪戯を囁く。
「あのさ、スティングのヤツが戻ってきたら、二人で嘘泣きしてやろうぜ」
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