アウルはベッドに片膝を立てて座り、同じく座っている
スティングの前に置いてあるカードの数字を眺めている。
二人交互に親役を務めることに決め、そして現在のディーラー(親)であるスティングの一枚目はクラブの9。
そして今アウルは赤い8が二枚。……16、微妙な数字だ。
このままスタンド(これ以上カードを引かないこと)するかどうするか、アウルは伏せられたカードを睨む。
ディーラーは二枚の合計が17以上になるまで引き続けなければならないというルールがある。
もしスティングの伏せられたカードが7以下ならば、彼はもう一枚引かねばならない。
その結果バースト(21以上になること。その時点で負け)すればアウルの勝ち、しなければスティングの勝ち。
つまり16とは境目の数字なのだ。
アウルは賭けた3枚のビスケットを見つつ、乾いた唇を舐めた。
さっきまで少々分が悪かったのだが、ここで勝てば逆転できる。
「……スタンド」
これ以上引いたらこっちがバーストする気がする、ここは慎重に行くべきだと勘が告げている。……ような、気がする。
アウルの宣言を聞き、スティングは伏せられたカードを開く。
――――ダイヤの5。
知らずアウルの指に力がこもった。
もう一枚。
カードオープン。
指先が立てるわずかな音がやけにはっきりと聞こえるような気がした。
ハートのクイーンの微笑が目に入った途端、アウルは小さく喜びの声を上げていた。
「っしゃ!」
「あーあ……形勢逆転されちまったか」
そんなことを言っているくせに、スティングはいまいち悔しそうではない。
どちらかといえば「まぁいいか」程度のリアクションで、アウルはなんだか拍子抜けした。
せっかく勝ったのに、これでは。
アウルがむすっとなってスティングからビスケットを3枚せしめると、ステラが悲しげに猫のように鳴いた。
「ぁー」
「んだよ、お前さっき食っただろ!」
むぅ、と頬を膨らませたステラを微笑ましく見やって、スティングは自分の手元にあるビスケットの袋をとった。
「ステラ、俺の残り食っていいぞ。俺ちょっと用事思い出したからさ」
「スティング!」
ベッドから腰を上げたスティングに、アウルの制止が飛ぶ。
「勝ち逃げする気かよ!」
心外だ、とばかりにスティングは眉を上げた。
「勝ってたのはお前だろ?」
「違うね、最初にステラにやった分まだお前のが勝ってんだよ!」
「お前もステラにやれば?」
「そういうこと言ってんじゃねぇよ!」
怒鳴った後に、嫌な視線を感じてアウルが横に視線をやれば、そこにはきらきらと期待の眼差しでこっちを見上げるステラの顔。
顔だけ見てればとても可愛いのだが、だから素直にステラにビスケットをあげて、素直にステラを喜ばせてあげることができるほど、アウルは素直ではなかった。
素直になんかなれるのならば、とっくの昔にアウルとステラは……。とっくの昔になんだってんだよ。
アウルはきらきら光線をこらえて、ビスケットを半分ほど口に咥えた。
パキンと割れて口の中で溶けた欠片は、甘いミルクと粉を練った柔らかい味がする。まぁ、まずくは、ない。
「アウル意地悪……」
「僕が僕の分食べるのの何が悪いんだよ!」
「……もういいだろ。じゃ、俺行くから」
「待てよ、元はといえばスティングが――――」
きゃんきゃん噛み付くのをまったく相手にしないでさっさと立ち去るその背中、アウルがもう一声文句を投げつけてやろうと思った瞬間、スティングはくるりと振り向いた。
「おい、それベッドの上では食うなよ。散らばるだろ」
「はーいはい」
茶化すようにわざと軽く返事をしてみせると、アウルに苦笑だけ返してスティングは扉の向こうに消えた。
ステラはトランプの絵柄を並べて一人で遊んでいるようだった。
はっ、と短い息を吐いて、アウルはだらしなくベッドに横になる。くそ、スティングの野郎。
乾いたビスケットが咥内の唾液を吸い取って、なんだか飲み物が欲しくなる。
パキン、ことさら音を立ててビスケットを噛み割る。
そのとき、こちらをじっと見るステラと目が合った。
「……あに」
ビスケットを咥えている為明瞭さに欠ける問いかけに、ステラは身を乗り出してアウルのベッドに近づいてきた。
「スティング、ベッドで食べちゃダメって。ダメ、アウル」
「はぁ? 知るかよそんなん。僕の勝手だろ」
「ダメ……散らばる。ぼろぼろ」
確かにステラの言うとおり、アウルの大きくはだけた胸の上に、細かい粒が散らばっていた。
払っちゃえばいいじゃん、とめんどくさそうに答えたアウルに何を思ったか、ステラはおもむろにベッドに上がった。
虚を突かれて半身を起こした途中の姿勢で止まっているアウルの足の間に身体を入れると、ちょうどアウルの胸の上にステラの顔がある。
「おい」
「動かないで。こぼれちゃう。スティング、怒るの」
そう言うとステラは――――アウルの胸を(正確には胸に落ちたビスケットの粉を)舐めた。
舌がアウルの肌に触れて、くすぐったい。そしてくすぐったいのは身体だけじゃなくて。
「!」
アウルの口の中は砂漠のようにからからだ。
舌に残っていたはずのビスケットの味なんか、もうわからない。
声も出せず硬直したままのアウルの上から、すっかりそこを綺麗にし終わったステラがどく。
「アウル?」
真っ赤になっているであろう顔を片手で覆いながら、アウルは心の中でサレンダーを宣言した。
ああもう僕の負けでいいよチクショウ!




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