アウルは自分の容姿が武器になることを正しく自覚していた。
美少女めいた彼の貌は、敵(彼がそれと認識したもの)に対して油断を誘うことが出来る。
舐められる、と言い換えてしまうと本意ではなくなるが、役立つのだから上手く利用するまでだ。
それに、少なくともそれはアウルの嫌悪するコーディネイターとは違い、造られたものではなかった。
アウルの美貌は元々のものだ、金を積んで遺伝子をいじったのではない。
アウルはコーディネイターを憎んでいた。アウルはやつらを殺すために生きているからだ。
殺す対象を好きになったってどうしようもない。
「同じキレーなら、養殖物より天然物のほうがいいに決まってら」
そう言ってアウルは水面に映った自分の顔を見た。波が引いて取り残されたらしい水溜りが岩の間に出来ている。
この港町では少し沖に出れば真珠が採れるらしい。
どこかでたくさん人が死んでいても、また別のどこかでは毛皮に身を包んだ金持ち連中が真珠の粒の品定めをしているのだ。
反吐が出る。
「ステラァ――」
アウルは波と戯れている少女に声をかけた。
ステラは波が自分の足を攫おうとしては戻っていくその繰り返しと裸足の指の間を抜ける砂の感触が楽しいらしく、飽きもせずきゃっきゃと笑っている。無邪気なその顔はとても可愛かった。
――――こいつも、改めて客観的に見れば美少女とやらなんだろう。
自分に対する認識と違って普段特に意識しているわけではないが、ひとたびそう思えば確かにステラは類稀な美少女だった。
それが証拠に、同じ艦にいる連合の兵士の中には熱っぽい視線を少女に送るやつがいる。
ステラやアウルたちがどこに所属しているかも知らない(知っていたら恋情を抱くなんてバカな真似はしない)、下っ端兵士ども。
そういう視線に気付いてしまうと、いつもアウルはわけもなく凶暴な気持ちになった。
僕は――――ステラをキレー、だと思ってる――――のか?
「ステラッ!」
振り向かないステラにもう一度叫んで、アウルは水を蹴った。塩辛い水の匂いが空気に散る。
ステラは腕を掴まれてようやく気付いたのかこちらに顔を向けた。
『きょとん』なのか、それとも『ぼんやり』なのか、反応の乏しい少女からはよくわからなかったが。
「なに……?」
「そろそろ帰るぞ、ほら」
焦れて腕を掴んだままぐいぐい引っ張ると、思いのほか抵抗を受けた。
「いやっ」
「なんだよ、もっと遊んでたいってか? 我慢しろよガキ」
拒絶された! そうわかると、つい苛ついて声が鋭くなった。
これでももう随分付き合ってやったつもりなのだ。そろそろいい加減にして欲しい。
可愛いからって許されると思ったら大間違いだ、と自分の普段を棚にあげて考える。
しかしステラは首を振った。
「ちが……う、痛いの、やめて」
「ん!」
腕を振り解かれてふと寂しく思ったのは一瞬だった。すぐに再び体温が触れる、今度は指先へ。
ステラはそれで満足したのか、つないだ手を確認するように軽く振った。
「こっちのほうがいい。痛くない」
「……迷子にもならない」
すぐそこの駐留地に帰るだけで迷子になるも無いのだが、アウルは少し上昇した脈拍を気取られないように軽い口調で言う。
ステラから返ってきた笑顔は、やっぱり「キレイ」で、アウルは潮の匂いを思い切り胸に吸い込んだ。
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