「女は海なんだってさ。良かったな、ステラ」
突然そんなことを言われて、何が良かったのかいまいちわからなかったので、ステラは曖昧に微笑んだ。
さっきまでびゅんびゅんと潮風を切っていたオープンカーは、今は道端に止められて、運転手――スティング――を待っていた。
「髪の毛ぱさぱさすんじゃん」と前髪をいじくっているアウルが、腹減った、喉が渇いたと主張したために、スティングが何か食料を買いに行くことになったのだった。
「潮の匂いって、なんか、喉かわくよな。なぁステラ? 海ってあんなに水あるくせに飲めねぇんだもんなぁ。超役立たず」
軽い口調でアウルは言う。
ステラは遠い浜辺で遊んでいる親子連れをなんとなく見ている。熱く焼けた砂に足をとられて幼い子どもが転ぶ。
小さな手だ。ステラの優れた視力はそのぷくぷくした指までステラにわからせる。小さい。可愛い。
「生き物はさ、みーんな初めは海から生まれたんだってー。僕のアビスは水中戦に特化してるけど、殺……っと、『倒す』、ための道具なのにな。で、女ってあかんぼ産むじゃん? あのお空の化け物ども、まあ今は地面にもいーっぱいいるけどな、そいつらはほとんど産めなくなってるらしいけどね。女は海みたいに命を生むから、女は海なんだっつー話」
「ステラ……よく、わからないけど、ステラ……海……?」
「そうなんじゃん? だってお前女だろ、いちおー」
「ステラ……うみ」
転んだ子どもを母親が抱き起こして砂を払ってやっている。
よちよち歩きの子どもをそのまま抱き上げると、子どもは足をばたばたさせた。
サンダルが飛び、ちょうど砂を洗っていた白い波の上へ落ちる。
たちまち沖に運ばれていったサンダルは、寄せる波に乗ってまた戻ってくる。とても小さいサンダル。とてもとても小さい足。
いいな、とステラは思う、可愛くていいな。小さいのは可愛い。
ステラの好きなお魚も、小さくて綺麗な色に光って可愛いのだ。
キラキラした貝だとか、石だとか、ステラは小さいものしか知らない。じっと海と彼らを見続けるステラにアウルは尋ねた。
「欲しいのか、ステラ」
何を、とは言われなかったが、ステラはこくりと頷いた。
アウルはステラが海を欲しいのだと思ったのかもしれないし、小石や貝を取りに行きたいのだと思ったのかもしれない。
「お待たせー。観光ビーチって物、高ぇよなぁ。ちっくしょ、足元見やがって、後でネオに請求してやる」
スティングが両手に色々抱えて戻ってきた。
手伝えよーとぼやくので、アウルはハイハイ、と缶ジュースを持ってやる。
「それだけかよ!」
「持ってやるだけ偉いじゃん。ステラなんかなんもしないぜ?」
「ステラは……まぁ……ステラだから……」
「なんだよそれ、ひーきひーき!」
やじるアウルを気にせず、スティングは車の中に食べ物を置き、ステラの分のジュースを手渡した。
「ほらよ。りんごで良かったよな?」
「うん」
スティングは優しく、なにかとステラやアウルの世話を焼いてくれる。
ステラはまた砂浜に視線を移した。子どもはもういなかった。
「あのね、ちいちゃな人がいたの。可愛かったの」
「ちいちゃな人? りんごのせいで小人の幻覚でも見たか?」
「あかんぼのことだよ」
スティングにアウルが説明する。ああ、とスティングは頷いた。
「ステラもああいうのもらえる? ステラ、女で、海だから」
「はぁ?」
先ほどのアウルとステラの会話を知らないスティングには意味が解らない。アウルはふきだした。
「あー、もらえるもらえる」
「ほんと?」
「ほんとほんと。なんなら僕がやるよ。終わったらな」
戦争中に妊娠などしたら、戦えないので堕ろされてしまうだろう。戦えないエクステンデッドに価値などないのだ。
だから。
「終わったら?」
「そ、平和になったら」
平和になって、解放されて、もしそれからも生きていけるのだとしたら。生きていていいのだとしたら。それが許されたなら。
エクステンデッドである彼らには途方もない願いだけれど。
ステラはアウルの言葉の裏に隠された重みを知らず、無邪気に喜んでいる。それでいい、とアウルは思う。
「おい、アウル!?」
スティングが咎めるが、ステラは瞳を輝かせた。
「アウル、持ってるの?」
「持ってるって言うか、作るっつーか」
「アウルっ!」
「んだよ、スティングもやりたいの? ステラ、どうする?」
「ネオじゃダメ?」
「あー、あのおっさんは甲斐性ないからやめとけ」
「かいしょう……なに?」
「アウル〜〜〜〜っ!!」
スティングの絶叫を潮風が散らし、やがてオープンカーは走り去った。
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