掴み所のない男だわ、と思う。
さながら彼の操る武器――オリハルコンで出来ているとかいう、恐ろしく切れ味鋭い糸――のようだ。
肉を裂き骨を断ち、血を滴らせる糸は、しかしその強度からは信じられないくらい繊細でしなやかだ。
目を凝らしていないと本当にそこに存在するのかもわからないくらい細い。それがジェノスの指がひらめくのにあわせて光を反射して、キラキラと美しく輝いた。人殺しの、道具だというのに。
そのようにクロノス(世界の平和を影から操る秘密結社だとか、胡散臭いにもほどがある)に造られ、彼に授けられたエクセリオン。
そっくりだ。
「リンスちゃーん」
へらへらとしまりのない笑顔でリンスレットのスタイルのよい尻を追いかける様は、とても多くの人間を手にかけた暗殺者とは思えないけれど。
「なによ」
「あれ、冷たい」
「あんたすれ違う女の子にいちいち目移りしてんじゃないわよ」
「うそ、妬いてる? 嬉しー!!」
リンスレットはファーのついた豹柄のコートの内側にしのばせていた銃に手をやる。かちり。
ジェノスはざーっと青ざめたちどころに己の失言を謝罪した。
「すいません調子に乗りました」
「わかればいいわ」
女の子大好き、ナンパ大好きと公言してはばからないジェノスは、たとえリンスレットと一緒に行動しているときでもその態度を改めない。
本人は「リンスちゃんと一緒のときはいつもより控えてますって」というが、リンスレットは本気にとっていない。
それに、もしジェノスが言っていることが真実だとしたら、「いつも」が余程だということだ。
リンスレットは軽薄な男が大嫌いだから、呆れる。
「あんた、私のボディーガードなんでしょ。だったら私を見てなさいよ」
斜め後ろで頭をかいている男に振り向いて、そう言った。
ジェノスは一瞬虚を突かれたようだった。
リンスレットといると、時々この男はこういう顔をすることがある。
「すげぇ殺し文句ー」
しかし、すぐにいつもの調子を取り戻したのか、呟いた語尾はおちゃらけていた。
「俺だってずーっとリンスちゃん見てたいと思うし、そうできたら超幸せ〜、ってこともわかってるけど。でもさ、周りのやつらも一応警戒してないと、守りきれないからさ。怪しいやつがいないかって目を配ってるわけっすよ」
「そういえば、そうね」
確かに、その言葉には説得力があった。リンスレットもどちらかといえば闇の仕事に身を置いているから、そういった理屈はよくわかる。盗賊のマニュアルも一緒だ。一直線に侵入ルートだけに集中していては、帰りに思わぬ落とし穴に落ち込む。
「けど、俺の心の目はいっつもリンスちゃんだけを見てるから、それでよしとしてよ」
「……バカでしょあんた」
「うわ、突き刺さるなあその言葉。ま、そういう容赦のないところも好きだよ」
「はいはい」
リンスレットはジェノスの告白を軽く流して、男の骨ばった手をがしりと掴んだ。有事にはグローブをつけて戦う手。不用意に触れれば指を切る、だが今は、こうして触れることの出来る、掴むことが出来る手。
「リ、リンスちゃん?」
うろたえている声に少し優越感を覚えて、ジェノスの手を引っ張ったまま、リンスレットは再び颯爽と歩き出した。
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