自分の美貌には自信がある。生まれ持ったものに更に磨きをかけているのだ。
だからリンスレットは、それを武器に仕事をすることが多かった。
男どもは皆ちょろくて、仕事はいつもスムーズに運んだ。
リンスレットの盗むものは国家機密から趣味の範囲まで多岐に渉っていたが、美しいものばかりだったので、ターゲットも自ずと美を愛するコレクターになり、彼らは美を愛するだけあって、とりわけリンスレットの美しさにころりと参ってしまうのだった。だから。
「……初めてだったのよね」
ぽつりと呟くと、隣を歩く男は「はいぃぃ!?」と素っ頓狂な声を上げてのけぞった。
「はっ、初めてって何が!? いや初体験っていったらやっぱアレ!? いやでもリンスちゃん処女じゃなか……」
即座に銃弾を撃ちこんで黙らせると、リンスレットはじろりとジェノスを睨んだ。
「この変態! いきなり何言い出すのよアンタは!」
「えぇっリンスちゃんそれリンスちゃんのほうじゃ……」
パンパンパン。
弾が計4発無駄になったわ、とリンスレットは銃口に息を吹きかける。
「ねえこの経費ってクロノスに請求していいの?」
「いやー、それはたぶん無理かと……」
ジェノスは青い顔で両手を肩のところまで上げていた。
「なんで?」
「いや、俺が勝手にリンスちゃんのそばにいるわけだからさ。クロノスの任務とかじゃなく」
「……初耳よそんなの」
「ちょっと任務で大き目の手柄立ててねー、休暇貰ったのさ。有給じゃないのが悲しいところだけどね」
「ふーん」
リンスレットは僅かにだが感慨を込めて言った。
てっきり、クロノスの方からリンスレットを見張れとでもいわれているのかと思ったのに。
「リンスちゃんのために頑張ったんだよー。あ、殺しじゃないよ。そういうの嫌いでしょ、リンスちゃん」
「好きではないわね」
「俺もねー、あんま好きじゃないのよ。暗殺って気が滅入る……」
「じゃあなんでケルベロスなんかやってんの?」
「お仕事だからね。割り切るようにしてるんだ」
へらりと気の抜けた笑顔。開けてから一日経った炭酸水ね、とリンスは思った。
リンスだってこの歳で、かなりの修羅場をくぐってはいるが、ジェノスには比ぶべくもないだろう。
……ちょっと、悔しい。
「で、何が初めてだったんすか?」
「ああ、……もうどうでもいいじゃない。女のひとり言をいつまでも覚えてる男はもてないわよ」
「ぐさっ。で、でも愛しのリンスちゃんのことだから、ど――――しても気になるんだよ」
「仕方ないわね」
やれやれとリンスレットはため息をつく。
目を閉じれば、暗闇に金色に光る瞳を思い出すことが出来た。
「この私にね、ちっともなびかなかった黒猫がいるのよ。手玉に取れなかった男なんてあいつが初めてだったわ。思えばあいつに関わってから、今までと勝手の違うヤバめな男ばかりが増えて」
「そいつって……サーティーン?」
ジェノスの顔つきにふと影が差す。
「ちくしょ、妬けるなぁ」
「あら、妬く必要なんかないわよ」
リンスレットの笑みも猫科のそれ。高級でプライドの高い。
「え?」
「だってあんたも、あいつに出会ってから増えた、手玉に取れない男の一人だもの。私の手には余る」
「そお? 俺はかなりリンスちゃんに落ちてるんだけどなー……」
「へー」
「本当だって! 信じてよっ」
食い下がるジェノスに、リンスレットは、まあ一筋縄じゃいかないのも面白くていいかもね、と笑いながら背を向けるのだった。


ジェノスは暗殺の仕事はちゃんとこなしていて欲しいと個人的に思う(05.12.03)

ブラウザバック推奨