___+荒野のフィーメンニン+_______




「本当に、ありがとうございました」
駅のホームまで見送りに来て深々とお辞儀するグリマー夫妻に、エドは頭の後ろを掻いた。
なんというか、こうも感謝されるとどうも照れくさい。
自分たちに出来るのはここまでで、ここから先は正規の軍人さんたちのお仕事なのだけれど、役に立てたのなら良かったとアルは言いながら、エドの肩に手を置いた。
自分たちには目的があるから、関係のないことにいつまでも首を突っ込んではいられないし、ひとつところにあまり長居してもいられない。
そろそろ列車の発車時刻だ。
名残惜しくはあるが、もう行かなければならなかった。
「じゃあなロイ。頑張って強くなれよ」
声をかけられた小ロイは、真っ赤になってうつむいていた。
しかし確かに、その口から小さな声が聞こえた。
「ありがとう」
蚊の鳴くような小さな声だったけれども、その言葉ははっきりとエドの耳に届いた。
「エ、エドワード、さん……」
エドは目を見開いたが、次の瞬間その顔にはそっと柔らかな笑みが広がっていた。
けたたましく発車を告げるベルが鳴り響く。
乗り遅れては大変だ、急かすアルにエドは慌ててトランクを持ち上げると、手を振る家族に手を振り返しながら列車に飛び乗った。






――――――フェール・ネルソンは愛娘であるラミア・ネルソンを溺愛するあまり、娘の望むとおりにしてやろうと画策した。
ラミア・ネルソンはカイン・バレットに想いを寄せていたが、彼には婚約者がいた。
しかしその婚約者というのが自邸の従業員であるユーリ・グリマーであったため、その関係を利用し卑劣な手段を用いてカイン・バレットとの婚約を解消させるように仕向け、カイン・バレットを娘婿に迎えようとした。
それによりユーリ・グリマーは多大なるショックを受け、自殺に追い込まれたものと思われる。
よってXXX日、フェール・ネルソンをユーリ・グリマーの死に大きく関与したとして軍への同行を求めたところ、抵抗し、あまつさえ国家錬金術師に危害を加えようとした。
そのため任意から強制同行に切り替え、軍にて取調べを行ったところ、その罪を認めたためここに相応の処罰を望む次第である。

エドワード・エルリック

以上




手にしていた紙の束をデスクへぱさりと置いて、ロイはエドへと向き直った。
「なるほど……」
怒涛の缶詰期間を終えた東方司令部は、溜まっていた仕事がほとんど片付き、これといった大きな事件も発生していないため、のんびりとしたムードがただよっていた。
まあまたしばらくすれば忙しくなるのだろうが、それまではつかの間の休息のようなものを味わっていたい。
と、ロイが思っていたのは先程までの話。
今、彼の眉間にははっきりとしわがよっていた。
「この報告は真実かね?」
「……嘘ついてどうすんだよ」
そんなことしてオレに何の得があるってんだ、とエドはソファにどっかと座った足を組み替えた。
ではその微妙な間はいったい何なんだ、とロイはつっこみたくてたまらなかった。
ハボックから事件のことを聞いたとき、彼女の身を案じなかったと言えば嘘になる。
だからこうして元気そうな姿を見せに東方司令部を訪れてくれたのは――たとえそれが報告のために必要だっただけだとしても――ロイには嬉しかったし、やはり自分は彼女に会いたかったのだと思った。
しかしそれも、前述の通り、報告書を受け取る先程までの話なのだ。
「ここだがね」
ロイの目は『国家錬金術師に危害を加えようとした』という部分を見逃さなかった。
「具体的には何をされたんだい? まさか怪我を負わされたとか」
ぎくりとエドの身体が強張った。
アルはエドを見た。
彼だって、自分が部屋に乱入する前、姉がいったい何をされたのかずっと気になっていたのだ。
ロイとアル、男二人の視線に晒されながら、エドは冷や汗をだらだらと流した。
「え〜……え〜っと……」
わかった、煮るなり焼くなり好きにしろ、その代わりロイには手を出すな、っつったら、あなたがおとなしくしてくださればなにも問題はありません、彼の無事はお約束しましょう、そういうやいなや近づいてきて、服を脱がされかけて、節くれだった指がもぐりこもうとしてきて、鳥肌立ったけど我慢してたら顔が近づいてきて、ひょっとしてキスされんのか、って思った瞬間やっぱダメだって殴り飛ばしてて……。
「……なんて言えるかよこんなこと!!
「兄さん、でも今の全部声に出てたよ」
「えっ嘘!?
ほんと、とアルはエドに頷いて見せた。
無意識のうちに喋っていたなんて、オレはよっぽどテンパっていたのか、エドは頭を抱えてうずくまりたくなった。
その横の鎧はなんだか黒々とした空気をまとって
「大事な兄さんにそんなマネしてたなんて、あの人、縄でふんじばったくらいじゃ足りなかったな……半殺し、ううん九割殺ししとくんだった」
とぶつぶつ呟いている。
ロイはというと、背中に青白い炎を背負いながら、軍人としての自分の権力を最大限に発揮した報復をもって
エドに手を出そうとしたことの愚かさをフェールに思い知らせてやろうと心に決めていた。
「失礼します……」
エドが来たと聞いて、事件のことが気になっていたこともありやってきたハボックが、ドアを開けたそこに充満しているまるで人外魔境のような雰囲気に全身から血の気が引く音を聴いた気がしたのは、無理もないことだった。




END


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ひとまずフィーメンニンは終了ですが、消化しきれていない伏線は後々出す予定です。