＿＿＿＿＿＿＿＋ちしゃの葉ひめ＋＿＿＿
リフ＝ローズマリー准尉が失恋したのは、誰の目にも明らかだった。
何故なら、彼をまとうオーラがかなり違ったものになっていたからだ。
恋の只中にいる浮かれた空気はなりをひそめ、額に貼ったガーゼを軽く撫ぜてはため息をつく。
間違いなく恋は成就しなかったのだ、と彼の同僚たちは囁きあった。
まあ、もともと成就の見込みなどこれっぽっちもない恋だったのだが。
「准尉、元気出せって。こんどいい娘紹介してやっからさ」
「少尉……！」
「お、乗り気か。んじゃ来週の……」
「聞いてください！ おれ、わかったんです！」
「はあ？」
てっきり落ち込んでいるのだとばかり思っていたが、声をかけたとたん、リフはハボックの言葉を無視してしゃべりだした。
「大佐とエドワードさんの間にあるものに、おれじゃ正直たちうちできません。やはり大佐は素晴らしい方ですから」
ハボックは必死で悪寒をこらえた。
「だから、おれ、頑張ります！ 大佐に少しでも近づけるように。かないっこないのはわかってるけど、やってみたいんです！ エドワードさんとおれじゃ釣り合わないから、今は諦めますけど……いつか、きっと」
「……好きにしろ」
それ以外にハボックに何が言えたというのだ。
くつろいだ様子で、唇に笑みを刷く。
そのまま目を流せば、カルテを胸に抱え込んだ若い看護婦が可愛らしく頬を染めた。
「それにしても、入院というのは退屈なものだね」
「まあ、そんな……あの、よろしければわたしにお話の相手をさせていただけませんか？」
「ああ、ありがとう」
白いベッドから上半身だけを起こして、ロイは看護婦をとろけさせるような笑顔を浮かべた。
「普段忙しく働いていると、休息が欲しいと思ってしまうものだけれど、こうやって何もしなくても良くなると、以前の忙しさを懐かしく感じるものだとわかったよ。早く復帰したいね」
「は……はい」
うっとりと聞く彼女に、甘い言葉を吐く。
「けれど、あなたのような魅力的な人に会えるのだから、もう少し入院していてもいいかな、とも思うよ」
「あら……」
恥ずかしそうに、しかし嬉しそうに、看護婦はカルテを抱きしめた。
ロイがじっと見つめるだけで、彼女の頬はどんどんと色味を増していく。
ピンク色の空気があたりに撒き散らされ、花が舞おうとしたところで、ドアが開いた。
「大佐〜、花持って来ましたよ〜っと」
その言葉どおり花を抱えながら入ってきたハボックは、こちらを恨めしそうに見つめる看護婦の目にぶつかって怯んだ。
な、なんかしたか、俺？
思わず立ち止まったハボックの背中に、とすんと感触があった。
「わっ」
「あ、悪い」
振り返れば、今回大活躍だった鋼の錬金術師が鼻を押さえていた。彼らは連れ立ってこの病室に来たのだった。
「急に立ち止まるなよな、少尉」
「だから悪いって。ま、ちっこいからそのぶん衝撃も少なかっただろ？」
「誰が小さすぎて見えないくらいのチビか！！」
「そこまで言ってねっつの」
きゃんきゃんとじゃれあっているようにしか見えない二人に、ロイはごほん、とわざとらしく咳をした。
この私を放って、いつまでやっているつもりなのだ。というか、以前にもこんなことがあったような気がする。
看護婦がぺこりとおじぎをして、そそくさと部屋を出て行った。
それを見送ってから、ロイはため息をついた。
「せっかく会話を楽しんでいたというのに……」
「大佐。療養中ぐらい慎んでください。と、中尉からの伝言です」
「……さっき来た本人に言われたよ」
「念を押せ、とのことです」
「…………」
はぁ、ともう一度ため息をついてから、ロイは真面目な顔を作った。
「中尉から報告を聞いた。ジャスパーはセントラルに無事連行されたようだね」
「ええ。裁判も滞りなく行われるでしょう。心配は要りませんよ」
ただ、裁判では錬金術についての部分は伏せられるだろう。
それに彼は国家錬金術師ではなかったし、厳密には人体錬成を行ったとはいえない。
しかし、女性を襲い髪を切ったことと、それによりイーストシティに混乱を招いたこと、それから少女を誘拐し、殺害に至ったこと。
加えて軍の人間を傷つけたことも含め、死刑はほぼ確定していると言ってもよかった。
彼には娘がいたが、病気で死に、それをきっかけに店をたたんで錬金術の研究に没頭するようになったらしい。
あまり後味が良いとはいえないが、エドの役目はもう終わったのだ。
軍属だから、国家錬金術師だから。割り切って乗り越えなければ前に進めない。
そうは思うが、エドの顔は曇りがちだ。あの凄惨な光景は、なかなか忘れられるものではなかった。
沈みかけたエドに、ロイはわざと軽く声をかけた。
「そうそう、あの男、肋骨にひびが入っていたと聞いたよ。さすがだね、鋼の」
「……ドーモ」
「見事な飛び蹴りだったからね。間近で見れて感動したよ」
「誉められてる気がしないんだけど」
「いや？ 私は君に感謝しているんだ。素直に受け取りたまえ」
「信頼されるのは嬉しいけど、だからって無茶すんなよな」
「心配してくれるのかい？ ありがとう」
「勘違いすんなよ、つけを負わされる中尉が可哀相だって言ってんの！」
言い合うエドとロイを尻目に、ハボックは花瓶に花を生けている。
中尉も可哀相だけど俺だって可哀相だと思う、という彼の心の声は上司に届くことはなかった。
この場に鋼の弟でもいれば、まだ収拾がついたであろうが、あいにく彼は図書館で調べ物中らしい。
ハボックは諦めの境地に達するしかないのだ。
「ところで。君はいつになったらお茶に付き合ってくれるのかな？」
「は」
「決定事項だと言わなかったか？」
「あんた、まだ諦めてなかったの」
「もちろんだとも。君こそいい加減観念したまえ」
「……やだ、って。だいたいなんであんたなんかとお茶しなきゃなんねーんだって」
「むう、つれないぞ鋼の。ハボックとはあんなに仲よさそうにしてたではないか」
「なんでそこで少尉が出てくんだよ」
エドにはわからないらしいが、名前を出されたハボックにはわかった。
自分の上司はこれで結構子どもみたいなところがあるから。
「ははあ、つまり大佐、やきもちやいてんですね？」
そして、その後の東方司令部の新たなる噂は、有能な鋼の弟と、悟りを開いたリフのおかげで、「エドワード・エルリック性別詐称疑惑」をかき消し「マスタング大佐ホモ疑惑」「マスタング大佐ロリコン疑惑」「マスタング大佐変態疑惑」の3本でお送りされることになるのだった。
しかし噂の当事者がそれを知るのは、もう少し先、司令部中に噂が知れ渡った後のことである。
ＢＡＣＫ
お、終わった……！
読んでくださった方お疲れ様でした。