「……おかしい」
ロイ・マスタング大佐(29)は、低く唸るようにつぶやいた。
おかしい、どう考えたっておかしい。
いつもなら自分に華やいだ笑顔を向けてくる軍の女性たちが、何故か挨拶が他人行儀だったり、顔が引きつっていたり、目をそらしたりしてくる。
絶大な女性人気を誇る自分が、どうも彼女たちに避けられているようだ。
せっかく傷も癒えて退院したというのに、これはどういうことだ?
「ぜったいにおかしい……」
「あれ、大佐、ひょっとしてまだご存じなかったんですか」
煙草の煙のにおいがした。書類を手に持ち部屋に入ってきたハボックに、ロイは尋ねた。
「何がだ」
「軍部中で噂んなってますよ。大佐は実はホモだ!とか、大佐は実はロリコンだ!とか、大佐は実は……」
「誰だそんな噂を流したのはっ!!」
バン、とロイは目の前のデスクに思い切り手のひらを叩きつけ、すごい勢いで立ち上がった。
「知りませんよ、噂だし」
書類を置いて、ハボックは一歩下がった。
そこへ控えめだがしっかりしたノックの音がして、ホークアイが入ってきた。
ハボックは天の助けだと思い、ロイはちょうどいいと思った。
「中尉」
「なんでしょう」
「君は、例の噂を知っていたのか」
「大佐が色んな女性とつきあっているのは、実は同性愛者で小児愛好者の変態だというのをカモフラージュするためという噂ですか?」
顔色一つ変えずに、ホークアイは言った。
ハボックから聞いたことが雑じりあってなんだかすさまじい錬成反応を起こしている――――ロイはデスクに突っ伏したくなった。
「なんだそれは……」
「あ、あとクレー准将と仲が悪いのは、同属嫌悪だという話も」
……ふ、ふふふふふ。
笑い出したロイを、ハボックがぎょっとした顔で見、もう一歩後ろに下がる。
好きになったのが年端も行かない少女でしかも性別を隠しているというちょっと特殊な相手なだけだ!
と、叫べないのがつらい。鋼の錬金術師のことは秘密にしておかねばならない。
ロイはしばらく不気味に笑い続け、ハボックはとうとう部屋を逃げ出した。
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