エドワードは白いベッドの上で半身を起こし、蜜入りのりんごをしゃくしゃくと齧っていた。
まったく片手は不便だ、できることが限られてしまって困る。はやく直れ機械鎧。
アルフォンスが剥いてくれたりんごは不恰好だが、鎧じゃしょうがない。
大怪我で床につく姉のために一生懸命剥いてくれたのだ。文句など言ったらばちが当たる。

りんごの欠片を口に放り込んで、こいつが見舞いに来るなんて珍しい、と思いながら大きな目をドアに向ける。
そこに立つ黒髪の男は軍人であり、羽織るコートの下には青い軍服が隠されているに違いなかった。
ヒューズやウィンリィや、他のロイの部下ならともかく、彼自らがここを訪れるとはエドワードにとっては予想外だった。
エドワードにしても滅多に負うことのない結構な重症だったからだろうか、だから後見人たる彼も一応様子を見に来たのだろうか。彼の来た理由を適当に決め付けると、エドはりんごをしゃくりと噛んだ。
「……まったく君は」
ベッドの横に腰掛けるなりロイはそう言った。
座っていいなんてオレは一言も言っていないぞ、せめて断ってからにしろ。
そう思ったが、生憎エドの口の中はりんごで一杯で喋れる状態ではない。
ロイと渡り合っていつものように喧嘩ができるほどの体力もなく、機械鎧の足は壊され、生身の足は折られているから、立ち上がって逃げることもできない。
頼みの綱の弟は花瓶の水を換えると出て行ったきり戻らない。
もしかしなくても圧倒的不利な状況だ。エドワード・エルリックピーンチ。
ロイの目がひたりとエドを見据え、エドは居心地の悪さを感じる。
「相変わらず無茶をするね」
「無茶じゃない、計算され弾き出された勝率に基づいての行動だ」
全てを咀嚼しおえてからエドは答えた。
「よく言う。君の行動理念は“弟のため”、だろう? そのためならどんな怪我でも厭わない、君のその姿勢は尊い兄弟愛とは言わない、愚かな自己犠牲と言うんだ」
断定的口調でロイは言った。
知ったような口を。エドは片眉を不愉快に跳ね上げた。
あんたに何がわかる。別にわかって欲しいわけではないが。
「怪我人に喧嘩売りに来たの?」
「いや、しいて言うならプロポーズに来たんだ」
「は」
オレは頭もしこたま打っていたのか、耳がおかしくなったのか。
目を見開いて呆けるエドの頬を、男の温かい手のひらが包む。
「私のものになるかい、鋼の」
言われた言葉の意味を、咄嗟には理解できなかったのも無理はない。
「あんた、医者に見てもらったほうがいいぜ、病院来たついでだ、寄って帰れ」
「私はいたって正気だよ?」
「今の話の流れでいきなりプロポーズする人間を正気とは言わない」
「手厳しいな」
ロイは余裕綽々といった風に微笑む。こういう大人ぶったところが苦手だ。童顔無能のくせに。
「私のものになるというのがどういうことかわかるか」
「身体差し出せってことじゃないの」
「まあ、そんなところだな」
「肯定すんのかよ!」
あっけらかんと告げられた言葉にエドは目を剥いた。
この大人、ダメ大人だ。腐ってる。中尉に言いつけよう。二度と見舞いにも来れないくらい仕事させられろ。
本格的に呆れはじめたエドの顎をとり、ロイは唇を近づけた。
「君は私のものだ。髪の毛ひとすじ、血の一滴も、私の許可なく損なうことは許さない」
ぞくん、と背中に何か得体の知れないものが走った。
「だから無事に帰っておいで」
「……」
オレまだあんたのものになってもいいなんて言ってないんだけど。
だがエドはそう答える代わりに俯いて唇を舐めた。蜜の甘い味がした。


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