「あ、そうだエンデュランス、これ」
 ダンジョンにて手に入れた恋人のタロットを、ミッションクリア後のアイテム整理の際エンデュランスに渡したのには、深い意味などなかった。
 言い訳のように聞こえるかもしれないが、本当にハセヲにそんな気はなかったのだ。
 ただハセヲのアイテム欄が29と所持限界ぎりぎりに埋まっていたのと、エンデュランスの憑神が誘惑の恋人であったのを思い出し、なんとなくちょうどいいかと思っただけのことだ。
 あれ、とひっかかったのは、エンデュランスの表情が目に見えて明るくなったからだ。
 The Worldのグラフィック再現技術ってすげぇ、とか感心している場合じゃない。
「うれしいよ、ハセヲ……」
 いや整理で渡しただけのアイテムでそんなに喜ばれると、なんか罪悪感が芽生えてしまう。
 普段からオーバーリアクション気味のエンデュランスのアクションが、さらに輪をかけてキラキラしい。
 まるで舞台俳優のように優雅に手を動かし、感動もあらわに熱い眼差しをハセヲに送ってくる。
 しまった、パーティーを組んでいたアトリは先に落ちてしまって、ここ、ネットスラム・タルタルガにはハセヲとエンデュランスの二人だけだった。
 放浪AIがたまに通り過ぎることはあれど、彼らは基本自分の世界の住人なので、ハセヲたちには見向きもしない。
 ……あ、グラスホッパーに見られるとまずいか。彼は噂好きのヌァザというもうひとつの顔を持っている。
 有名人の「死の恐怖」である自分のネタだ、他のプレイヤーに広められたら大変なことになる。
 とかハセヲの思考がふらふらと彷徨っている間にも、エンデュランスとの距離はどんどん縮まってきていた。
「あ、あの、エンデュランス?」
 リアルでコントローラーを握る手がうっすらと汗をかき始めたのがわかる。
 頭にかぶったディスプレイ画面いっぱいに広がる、エンデュランスの美しい顔。
「これ以上抑えているのが……苦しいんだ……キミを目の前にすると、僕はいつも、心を保つのが難しくなる……」
 うっとりと切なげに迫り来る――――お願いだから正気に戻ってくださいエンデュランスさん!
 焦れども、至近距離の瞳に金縛りにあってしまう。
 エンデュランスの赤い眼には、彼のロストウェポンと同じく、魅了効果でもあるんじゃないだろうか。
「ちょ、ちょっと待て、落ち着け」
「……僕は冷静だよ」
 さっきと言ってることが違うぞ!?
 ハセヲは狼狽しつつ退路を探し求めたが、後ろはネットスラムの奇妙な壁、前は長身のエンデュランスのPCが立ち塞がっていて逃げ場がない。
 PC、……そうだ、所詮PCだ。リアルじゃない。ハセヲはそう思い直した。
 ゲームの中なのだし、触れられようが抱きつかれようが実際に感覚を生じるわけではないのだ。
 ポリゴンにテクスチャ貼っただけの作り物だ。
 松辺りだったら「まあ、バイクに跳ねられたとでも思って諦めろ」というだろう。
 だから平気、平気ヘイキへいき……。
 暗示のように自分に言い聞かせながら、ハセヲは近づくエンデュランスの顔を見ていた。
 PC同士の唇が重なり、
「んっ!?」
 頭の中が一瞬真っ白になった。
 え、嘘、なんか唇があったかい? なんでリアルの感覚があんの!?
 ハセヲが慌てふためき混乱を極める間に、口付けはぐっと深くなる。
 し、舌、舌入ってるってこれ!!
 The Worldのシステムにはこんなものまであるのか、と驚く暇もなく、動きに押し流される。
 気を抜けば変な声が出てしまいそうだ。口の中をかき回される快感。……ゲームなのに?
「ふっ……」
 ようやく息が吐けた。現実の自分の、開きっぱなしだった唇から、顎まで唾液が垂れていることに気づき、赤面して拭う。
「――――なんで」
「キミが、僕の理性を粉々にしてしまうような、可愛い贈り物をするから」
「そうじゃなくて!」
 頬を染めるエンデュランスに、つられて頬が熱くなってしまう。
「なんで、リアルで感じるのか、って……」
「さあ……、精神との癒着が大きい八相PC同士だから、かな……?」
 エンデュランスはさして興味もなさげに答えた。
 するりと頬を撫でてくる彼の手の感触も、ある。
「それに、この場所も……関係してるかも……ね」
 その言葉に浮かんだのは、以前、AIDAサーバーに閉じ込められたときのことだった。
 ネットスラムにも似た効果があるのだろうか、もしそのせいだとするなら、後で欅を問い詰めねばなるまい。
 ハセヲがそう決意したとき、もう一度顎を持ち上げられた。
 今度からエンデュランスに恋人のタロットを渡すのだけはやめよう、とハセヲは決意をひとつ増やした。



Kづかさんに捧げるエンハセ

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