「キミはキスをしすぎだ」
 突然の言葉に、ソフィーは箒を持った手を止めて、まじまじとハウルを見た。
 彼の顔はどこか不機嫌に見える。
 何か気に触ることでもしてしまったのかと、冒頭の台詞の意味を考えた。
 ひょっとしてハウルはキスされるのが嫌だったのだろうか。
 そう思って最近の自分の行動を思い起こしてみる。
 朝、おはようの挨拶だとハウルが言うからキスをした。
 昼、いつのまにか後ろにハウルがいて、まとわりついてせがむからキスをした。
 夕方、二人で語り合っていたとき、ふと顔が目の前にあってキスをした。
 夜、ハウルが眠れないからキスしてくれと頼んだから、してやった。
 言われれば確かにキスをしすぎだ。だがしかし。
「あなたのほうからして欲しいって言ったんじゃない?」
 それで責められても、ソフィーとしては割に合わないと思うのだ。
 黒い前髪の隙間からこっちを睨む目は、少し恨みがましいような、拗ねているような色を帯びていた。
「そういう意味じゃない」
「ならどういう意味なの。はっきり言ってくれないとわからないわ。早くしてね、わたしはさっさと掃除をしちゃいたいの」
「ああ、掃除、掃除、掃除! キミは僕よりもそんな箒が大事だって言うの! 見ればいつだって箒を抱きしめてる。キミの腕が抱きしめるのは僕であるべきだよ、そうだろう?」
「何を馬鹿なこと」
 呆れるソフィーに、ハウルは大げさな身振りで嘆いて見せた。芝居の役者にでもなったつもりかしら、とソフィーは思う。
 まあハウルならたちまちスターにだってなれるんでしょうけど。楽屋にも、毎日山のように花が贈られるんでしょうね、それも若い娘さんばかりから。
 あまり愉快な想像ではなくなってしまったので、考えるのをやめてハウルを眺めた。
 ほんと、常にライトを浴びてるような人だわ。
「そんな箒なんて、君が頼めば勝手に動いて部屋を綺麗にしてくれるよ」
 言われてカブのことを思い出す。
 そういえば彼も、ソフィーが話しかけたらぴょんぴょん飛び跳ねるようになったんだっけ。
 そしてソフィーのキスで元の王子の姿に戻り、隣国に帰っていった。
「私のキスに魔力があるってこと?」
「魔力よりやっかいだね」
 いらいらと箒の柄を指でつつく。
「だから僕が言いたいのはね、ソフィー! キミがキスするのは僕だけであるべきだってこと!」
「……そんなこと?」
 大真面目に何を訴えるかと思えば、単に子どもみたいな独占欲とは。
「そんなこと、だって? 僕にとっては大問題だってことがわからないの?言っとくけど、キミのキスは本当にたちが悪いよ。人をとりこにして、自分の思い通りにまで動かしてしまうんだから」
「それ本気で言ってるの?」
「本気も本気さ! だってそうだろう、カブやカルシファー、荒地の魔女までキミのキスでいい気分になってる」
「親愛のキスと、恋人のキスは違うわよ」
「それでも僕が気に食わない」
 ふん、と荒っぽくハウルは言った。これは相当ご立腹らしい。
 ソフィーはしばらく考えるそぶりを見せた。
「じゃあ、これで許してもらえるかしら」
 箒を脇に置いて軽く背伸びをした。
 しばらくして離れた彼は、ご機嫌な顔をしていた。
「ほら、やっぱりキミのキスはたちが悪い」
 つまるところ、この魔法使いは恋人にキスをねだりに来ただけなのだ。



04.11.24