「あと3枚……と」
カルシファーの炎の上でフライパンのパンケーキをひっくり返しながら、ソフィーは呟いた。
部屋の中には食欲を誘う甘いにおいが立ち込めている。
これに蜂蜜とバターをかけて、ホットミルクとゆで卵を添えて今日の朝ごはんにするつもり。
ハウルとソフィーとマルクルとおばあちゃんとヒンと、カルシファーにも。
フライパンの大きさにも限度があるので、一度で全員分なんて作れない。
料理が嫌いなわけではないが、以前より時間がかかって大変になったのは確かだ。
「疲れたのかい? ソフィー」
「……いいえ」
フライパンの下からはみ出した炎が気遣ってくれるので、ソフィーは微笑んだ。
「あなたこそ、ごめんね。ずっとパンケーキを焼かせちゃって」
「おいらならかまわないよ! だってソフィーのパンケーキは美味いんだ」
「あら、じゃあ今日は一日中パンケーキを焼く?」
冗談めかしてソフィーは言った。
「それは困る」
答えたのはカルシファーではなく別の声だった。
「僕が君と一緒にいられないじゃないか。いつだって側にいたいのに、カルシファーにその役を取られたくなんかないよ」
「ハウル」
自分の部屋から降りてきた魔法使いの青年は、すっとソフィーの横に寄り添うようにして立った。
「おはよう。まだ寝ていると思ってたわ」
「おはよう。いいにおいがしたからね、目が覚めたんだ。みんなはまだ起きてないんだね?」
「ええ、あなたが一番よ」
「じゃあ二人っきりってことか。今日はいい日になりそうだな!」
「ちょ、ちょっとハウル!」
ケーキだねと格闘中のソフィーに、ハウルが後ろから抱きついた。
フライパンを右手に持っていることなどおかまいなしに、エプロンごとぎゅうっと抱きしめるように腕を回してくるので、ソフィーはたねをカルシファーの上にぶちまけないように慌ててバランスを取るハメになる。
「危ないでしょう、邪魔をしないで!」
「邪魔なんかしてないさ。抱きしめてるだけだよ」
怒って振り返ったところに、すかさずキスがくる。
「……ダメよ、こんな朝から……」
「いいじゃないか、誰も見てないんだし」
「ダメだってば……もう」
「ソフィーもすごく甘いにおいがするね」
「これじゃ、朝ごはんつくれないじゃないの……」
「少しぐらい遅くなってもかまいやしないよ。それより今は、こっちを食べたいな」
「ん……マルクルたちが起きてきちゃうわ」
「あいつは師匠思いだから、きっともう少し寝ててくれるさ」
「やっ……ねえ、ハウル……」
「そろそろ黙って」
「あ……」
目の前でいちゃいちゃいちゃいちゃしだした二人のすぐそばで、フライパンの下敷きになったカルシファーが「おいらもいるのに……」と小さく言ったのは綺麗に黙殺された。
結局そのパンケーキは焦げてしまい、ハウルの朝食として出されることになる。
04.12.01