シーツの波の間に眠る愛しい人の横顔が月光に照らされるのを、ハウルは静かに眺めていた。
 この胸に湧き上がる感情を、どう表現したらいいのだろう。
 彼女がひときわ明るい今夜の月のまぶしさに目覚めてしまわないようにカーテンを閉めようとして、ベッドを出るのでさえこんなにも寂しい気持ちになる。
 一時だって離れていたくない、ずっと一緒にいたい。
 さっきまでこの腕に抱いていた彼女――ソフィーも、同じ気持ちだと言ってくれた。
 ねえ、知っている? 僕は君が好きで、好きで好きで、大好きで、好きすぎてどうしようもなくて、自分でも怖くなるほどだってこと。
 ベッドの中であんなに小さく柔らかかった彼女が、それでも毅然とした表情で言ったのを思い出して、ハウルの眉は泣きそうに歪んだ。
 どうして彼女は。


「あ……目の下、傷が」
 上に覆いかぶさったハウルの顔に一筋の傷を見つけて、彼女はそれに手を伸ばした。
 そして半身を起こして傷にキスしようとしたが、体勢が悪かったため叶わないと悟ると、今度はハウルの頭を自分の唇までひきよせた。
 彼女の温かで柔らかな唇と舌がハウルの傷に触れ、まるでそこから光が滲みこんで癒えていくようだと思った。
「ソフィーは僕にとって一番の薬だね」
 彼女はその言葉を喜ばなかった。それどころか悲しそうに見えた。
 けれど目をそらすことはなく、真っ直ぐにハウルを見つめた。
「自分を傷つけてまでわたしを守らないで」
「なぜ? 僕は君のためならどれだけ傷ついても平気なのに」
 それは本当だった。陳腐な言葉だが、初めてハウルは誰かのために命を懸けたいと思ったのだった。
 そう言うと、彼女は痛みをこらえるような顔をし、次いでハウルを怒った。
「わたしがあなたにとって薬になれることは嬉しいの。あなたが怪我をすれば包帯を巻くし、病気になれば看病するわ。でも……本当は薬箱だって、自分が必要な状況になって欲しくなんてないのよ。怪我や病気なんて、しないほうがいいに決まっているでしょう」
 あのときも彼女はそうだった。ハウルに行かないでと言った。逃げましょうと。
 あなたが傷つかなくてすむのなら、そっちのほうがずっといい。
 それを振り切ってハウルは化け物鳥の姿のまま、外へ飛び出していった。
 そして危うく無くすところだった。自分も、彼女も。
 そうならなかったのは、彼女が希望を失わない強い人だったからだと、ハウルは知っていた。
「お願い、もう二度としないって約束して」
 彼女を安心させるためにハウルは頷いた。
 これ以上彼女にこんな顔をさせていたくなかった。
 けれどこの約束は嘘だと自分ではわかっていた。彼女がわかったかどうかは知らない。
 もしまた彼女の身が危険にさらされるようなことがあったなら、自分は彼女との約束などいとも簡単に破って、彼女を助けるために戦い傷つくだろう。何度でも。
 ごめんねソフィー、嘘をついて。
 ずるいかもしれないけど、僕は君が愛しくて、だからこそ失う痛みを知りたくないだけなんだ。
 それでもなお、眠りの中で彼女は言うのだ。
「ねえ、覚えていて。あなたが傷を負えばわたしが悲しむということ。わたしはあなたが好きなんだって。ちゃんと覚えていて」
 どうして君は、僕もそうだとわかってくれないんだろう。
 僕は君が傷つくところなんか見たくないんだ。それだったら、自分が傷つくほうが何万倍もましなのに。
 君のためだったら、僕は何だってしよう。

 ハウルは光の落ちる頬にキスをして、どうか彼女の眠りが安らかであるようにと願った。



04.12.08