「諸君、かくれんぼをしよう!」
彼がとっぴなことを言い出すのはいつものことであるのだが、また今日も飛び出した冒頭の台詞にソフィーは面食らった。
いきなり何をと思うのも無理はない。けれどそう思ったのは、ソフィーだけであったらしい。
マルクルとヒンは目を輝かせて喜んでいる。カルシファーもまんざらでもなさそうだ。
「わたしにはむりだねぇ」とおばあちゃんがいい、彼女はひとりで寝ていることになった。
ハウルは腰に手を当てて、リビングの面々を見回した。
「じゃあそうだなぁ……まずは鬼を決めようか」
「はい! 僕やりたいです」
マルクルが張り切って立候補する。ヒンも「ヒン!」と鳴いて主張した。
「ヒンは鼻が利くだろう。だとするとフェアじゃないね。鬼はマルクルにしようか。それでいいかい?」
特に反対する理由もないので、ソフィーは頷いた。
「よし、でははじめようか。隠れる範囲は城の中ならどこでも、庭も構わない。ああ、ただし僕の部屋はくれぐれも立ち入らないように。それからもちろん魔法は禁止。最後まで見つからなかったものが勝ちだ。鬼は30数えてから探してくれ」
てきぱきと指示を終えると、ハウルはマルクルに開始の合図をするよう促した。
マルクルは目を閉じて手近にあった柱に腕と顔を押し付けると、大声で数え始めた。
「い――――ち、に――――い」
「さあ、隠れろ!」
ヒンは脱兎のごとく駆け出し、カルシファーはどこかへ飛んでいった。ソフィーは……なぜかハウルに腕をぐいと引っ張られた。
「ハウル!」
「しー……! こっち」
指を一本口の前に立てる彼の仕草に、慌てて声量を落とした。
「ど、どうしてあなたと行かなきゃいけないの」
別々に隠れるものだと思っていたので、まさか一緒に行動することになるとは考えもしなかったのだ。
だいたい、同じところに隠れるなんて意味がない。
わけがわからず戸惑っているソフィーとは反対に、ハウルの足取りは自信満々だ。
おそらく最初からどこに隠れるかも決めていたのだろう。そもそも言い出したのは彼なのだし。
そしてついたところは彼の部屋だった。
ドアを開ければ相変わらずごちゃごちゃした物置のような、中央には大きなベッドが置かれ、ぼんやりと黄緑色の光源が周りを照らしていた。
「ちょっと、ここは自分で入っちゃダメって言ったじゃない」
「言ったけど、隠れるのはダメとは言ってないよ」
「……それってなんだかずるい」
「いいんだよ。おいで」
「きゃ」
ソフィーの後ろでドアが閉まる。ハウルの胸が邪魔して前が見えない。
「本当は最初っからこういうつもりだったのね!」
腕の中でもがきながらソフィーは叫んだ。にくったらしい腕、ちっともゆるみやしない。
「こうでもしないと、なかなか昼間二人っきりになんてなれないだろう?」
言いながら、ハウルの腕がソフィーの腰の辺りに下りてくる。
「ちょっ……や! 真剣に探してるマルクルたちに悪いと思わないの?」
「彼らのおかげで普段散々キミとの時間を邪魔されてるんだから、このくらいは大目に見て欲しいね」
するするとスカートがペチコートごとたくし上げられ、間からハウルの指が侵入し、ソフィーは小さく息を呑んだ。
ぐっと腰を引き寄せられ、動くことも叶わない。胸を叩こうと試みるも、その前に右手は彼に捕まってしまった。
「っやだ、ってば!」
文句を言おうと顔を上げれば途端にキスがくる。
ハウルはまるで食べるように唇を唇で挟み、それを繰り返しながらそっと舌を差し入れてきた。
「んっ……」
口の中を蹂躙されているうちにだんだん力が抜けてくる。すると見計らったかのようにベッドに押し倒された。
背中に柔らかい衝撃。そういえば、ベッドの上にぬいぐるみが見当たらない。
いや、ぬいぐるみだけではなく、他のものも載っていない。
つまりそれは、あらかじめ片付けられていたということ。この用意周到さには呆れた。
キスを続けながらハウルは服を脱がそうとしてくる。抵抗はもはや力なく彼の肩をぶつのみ。
頭の中では罵詈雑言が渦を巻いていたのに、それすらぼやけて白くなった。
ようやく唇が解放されても、彼に食べられる場所が胸へと移動しただけだ。
「あ!」
ぴくん、と身体が反応する。シーツがたわみ波が生まれた。
それはソフィーの身体の中にも同様の波紋を起こし、ソフィーはぎゅっと目をつぶった。
「あまり声はあげないで。マルクルたちにここにいることがばれてしまうからね」
「誰のせい……っ」
ちゅ、とまたしても唇が奪われる。それが離れた後で、彼は悪びれなく笑った。
「そうだね、僕のせいだ。だから責任を取ってこうして塞いであげるよ」
「ヒン、み〜っけ!」
足の短いヒンに階段は上れないとふんだマルクルは一階を重点的に探した結果、その読み通りに庭の隅でヒンを見つけた。
一番最初に見つかってしまったカルシファーは悔しそうにふよふよ飛んでいる。
「おいらのほうがうまく隠れたつもりだったのに!」
「運が悪かったね」
マルクルはヒンを抱きかかえながら言った。
たまたま上から埃が落ちてきて――――ふと見上げたらそこにカルシファーがいたのだ。
「あとはハウルさんとソフィーだね。一階にはいなかったから、二階だと思うんだけど……」
カルシファーを先頭に、ヒンを抱いたマルクルがえっちらと階段を上っていく。
さて部屋を探そうとしたとき、とあるドアの前でヒンが吠えた。
「ヒン! ヒヒン!」
「え、そこはハウルさんの部屋だよ。いるわけないじゃないか……」
しかし言い終わるか終わらないかのうちに、そこから出てきたのはハウルだった。
「いてっ! ひどいよソフィー、突き飛ばすなんて」
「あーっ、お師匠様ずるいです! 僕には入っちゃダメだって言ったのに」
「そうよハウル、謝りなさい」
ハウルに続いて出てきたソフィーは、何故だか真っ赤な顔をしていた。
こころなしか、着衣も乱れているような。
それを直しながら、ソフィーはマルクルたちに視線を向けてきた。
マルクルは不思議とどきどきしてしまう。
「あら、もう皆見つかっちゃったの?」
「うん」
「じゃあ最後に残ったのがわたしだから、わたしの勝ちね」
それからソフィーはにっこりと笑った。
「マルクル、勝ったわたしのお願いをきいてもらえる?」
「え……うん、変なことじゃなければ」
「今夜、一緒に寝ましょう」
ハウルの声が後ろから上がる。
「ソフィー!」
呼ばれた彼女は動じない。
「何かしら、嘘つきさん? あんまりうるさいと、今度はわたしがあなたの口を塞ぐわよ……? 箒を突っ込んで」
ちっとも目の笑っていないソフィーにすごまれては、もはやハウルは何も言えなかった。
塞ぐならやっぱり箒よりキスのほうがいいのにとは、思ったけれど。
04.12.09