「だから言ったじゃない。見事に悪化しちゃって」
 やれやれとソフィーは腰に手を当てて、ベッドにダウン中の夫を見おろした。
 きちんとおとなしく寝ていなかったハウルの熱は上がってしまい、今こうして苦しんでいると言うわけだ。
「同情の余地なし」
 濡らしたタオルをしぼって露を落としながら、ソフィーはさっきその手を浸した氷水にも等しい温度でそう言った。
「そっ……そんなソフィー、ちょっとひど……うげほっげほげほごほっ!!」
 豪快にむせたハウルの背中をさすってやり、それから額に手を当てる。
「しっかり熱いわ。まったくもう」
 額をぺちんと叩いて、そこに冷えたタオルを乗せ、はだけた毛布もかけなおした。
「おかゆ作ったから食べなさいね」
「……勿論君が手ずから食べさせてくれるんだろう?」
「調子に乗って。まあ、いいわ」
 一応病人だしね、とソフィーはおかゆを入れた器をトレイの上から取り、銀色のスプーンですくってハウルの口元に持っていく。
 きっと卵と塩のいい匂いがするのだろうが、風邪を引いているハウルの詰まった鼻ではよくわからなくて、ハウルはそれを心の底から残念に思う。
 それから、ふうふう、あーん、という恋人同士のお約束のような至れり尽くせりをソフィーがやってくれないことも。
「こんなに手厚い看護があって、僕は幸せだなあ。世の独身男どもはこの幸せを知らないなんて、可哀相にもほどがあるね。よしんば所帯を持っていたとしても、奥方が皆君のように出来た女性とは限らないし、僕は本当にソフィーと結婚できてよかったよ」
「そんなこと言っても、もうこれ以上何も出ないわよ?」
「いいよ、僕は見返りを求めて言ったわけではないからね。ただ思ったことをそのまま言っただけさ」
 ふふ、とソフィーは微笑んで、かゆを掬う手を休めた。
「まあ、もうそろそろお喋りはおしまいよ。喉が痛いでしょう? 無理はしないでね」
 その言葉をソフィーが言い終わるか終わらないかのうちに、ハウルの口から軽い咳が飛び出す。
 情けない顔を作って、ハウルは唾を飲み込んだ。
「これを食べ終わったらお薬を飲んでね」
「……粉? 苦い?」
「そうね、良く効くお薬だもの」
「嫌だ」
 ハウルはそっぽを向いた。
「子供みたいなこと言わないの。あなたいったいいくつ?」
「18を越えた辺りから忘れたよ」
「適当ばっかり」
 ソフィーは呆れてため息をついた。いつだって、ハウルといると呆れるようなことばかりだわ。
「……君が口移しで飲ませてくれるんだろうね?」
「また調子に乗って。今度は、まあいいわ、なんて言うと思ったら大間違いよ」
 ハウルは毛布を引き寄せて、すっぽり頭までかぶってしまった。
「苦い薬が甘くなる唯一の魔法なのに。残念だ」