<<はねっかえり>




 ハウルが朝起きると、働き者の奥さんは、すでに朝の支度を始めている。
 カルシファーは赤々と元気に燃え、お茶とパンが用意され、ベーコンのいい匂いが漂ってくる。
 以前なら、ハウルはだいたいぐうたらと、自分が満足するまでベッドの中で惰眠をむさぼっていたものだが、ソフィーと心を交わしてからは、朝一番のキスの権利を得るためになかなかの早起きになった。
 荒地のご老人は老人の割に遅くまで寝ていることが多いので「問題に」はならないが、弟子と犬はびっくりするほど早く起きていることもあるので「油断が」ならないのだ。
 ハウルはざっと部屋を見渡して、よしよし今日は大丈夫だな、と腰に手を当てた。
 可愛いソフィー、彼女は手際よくテーブルに食べ物を並べていく。
 幸せな景色だ。あの花の野に負けないくらい美しい。
 彼女の顔がこちらを向いた。ハウルは微笑む。
「おはよう」
「あら、起きたのね」
「おはようのキス」
「はいはい」
 ハウルの相棒のカルシファーは利口なので、こういうときには目をつぶらなければならないことをちゃんと知っている。
 キスが終わると、ハウルはソフィーを手伝って皿を並べた。
 目を擦りながらマルクルがやってきて、続いて短い足をちょこちょこと動かしてヒンがやってくる。
 ソフィーは鼻を鳴らすヒンを撫でると、マルクルに笑いかけた。
「おばあちゃんを起こしてきてもらえる?」
 マルクルはうなずき、ぱたぱたと子ども特有の足音を立てて部屋を出て行った。
 ハウルはソフィーと共に食卓を整えてしまうと、満足して席に着く。
 勿論ソフィーの向かい側だ。隣でもいいのだが、このほうが食事中も彼女の顔を見ることが出来る。
 さて、マダムを呼びにやった弟子が戻ってきて、家族が揃った。
 ハウルはぐるりと面々を見回す。
 ソフィー、マルクル、荒地の魔女、そして自分。
 床にヒン、暖炉にカルシファー。まあ随分と増えたものだ。
 なにしろ以前は自分と火の悪魔と弟子の3人だけだったのが、倍になったのだから。
 ……だがまだ余裕はあるだろう。だって自分はこの国一の魔法使いなのだから、家の広さなどどうとでもなる。
 ハウルは杯を手にとって掲げた。
「諸君、いただこう。うまし糧を」


 洗い物をするソフィーの背中を見ながら、ハウルは声をかける。
「ねえソフィー、君が来てから我が城には家族がどんどん増えているけど」
「そうね、賑やかでいいじゃない」
 かちゃかちゃと皿が音を立てる。
 水が跳ね泡が跳ね、汚れと格闘しているソフィーはハウルを振り返らない。
「そろそろもう一人増やしてみる気はないかな」
「え?」
 ソフィーは皿を置いた。ハウルは椅子から立ち上がり、ソフィーの後ろにそっと立つ。
 ソフィーの手が泡まみれなので動けないのをいいことに、銀色の後頭部に口付けてから囁いた。
「言ってる意味、わかった?」



やがて息子が生まれます(06.07.23)
ブラウザバック推奨