「……悪い、お前だってお前の勉強があるんだろうに」
光也の元いた現代では、ドイツ語のできる高校一年生なんてほとんどいなかった。
なのに大正のここでは、周囲の学生は皆読めるという。
初めて知る祖父のエリートぶりと相まって、軽くカルチャーショックだった。
自分のわからない知識をこうして仁に教わってはいるが、彼だって光也にばかりかかりきりでは、自身の勉強がおろそかになるのではないだろうか。
仁はとん、と首の後ろを鉛筆(鉛筆だ、シャーペンではなくて!)で軽く叩き
「僕はいいんだ。好きでやってるんだから」
確かに、光也に教えるときの仁は物凄く楽しそうだ。ときおり妙な単語を教えてきたりするし。
眼鏡を一度はずして
「お前っていつも自分のことより人のことを考えているよな。お人よし」
面と向かって言われて、光也はわずかに頬を朱に染めた。
「……そんなことないだろ。買いかぶりすぎ」
「そうか? 人をかばって殴られたり、僕のことを心配してくれたり。十分だと思うが」
「待て。前半はわかるが後半は引っかかるぞ」
「心配、してくれているだろう?」
こいつときたら、なんのてらいもない素直な瞳で言うのだ。
光也は射すくめられたように、わずかに開いた口を閉じることも忘れて見返していた。
そんな風に言われたら、こっちも適当に返すなんてことできないじゃないか。
そうだよ。心配してるよ。
だってジィちゃんがオレに望んだのは、きっとこいつを――――仁を助けること。
心配するのなんか、当然だろう。
それに光也は、知り合った相手を見捨てて置ける人間ではないのだ。
だから、仁の言葉は図星だ。
しかしそれをありのまま口に出すのもためらわれて、(というか照れがあって)光也は顔をふいと背けて黙り込んだ。
仁が苦笑した。
「じゃあこちらからお願いしよう」
顔が近い。色素の薄い髪、緑の目、透明なガラスの眼鏡。
「僕のことを考えてくれないかな」
「!」
こ、い、つ、は――――!!
ああ考えてるよっ、とだけぶっきらぼうに言い捨てた光也は、手元のノートにドイツ語の単語を書き殴った。
くどいようですが光也から仁に恋愛感情はない、です、よ……。(しかしそろそろ説得力がなくなってきた)
(05.11.22)
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