光也はベッドの中で、ぶるりと身体を震わせた。
「……さみィ」
夏の熱帯夜のときも思ったが、エアコンのないこの時代はものすごく不便だ。
自分が普段、いかに現代科学の恩恵を受けて暮らしていたのか思い知る。
こちらへ飛ばされてから大分経つが、文化の差に叫びだしたくなることがままあって、こういうのもホームシックというのだろうか、と光也は布団をめいっぱいかぶって丸まる。
冬なのだから寒いのは当たり前だし、光也(というより子爵令息である慶光)の部屋には一応暖房もあるのだが、身体が凍えてどうしようもない。
だいたい、この無駄にでかいベッドがいけない。本当に無駄だ。
こんなにでかいベッドに一人では広すぎるだろう。三人くらい平気で寝られるんじゃないか。
「……っ」
身体が凍えるように思うのは、寒いのと淋しいのを混同しているのだと気付いた瞬間、光也はシーツに爪を立てていた。
みっともねぇ、ガキかオレは。
どうも感傷的になっているようだ。寒くて暗くて広いベッドに一人きりなのがそれに拍車をかける。
追ってくる暗闇は、どうしても嫌な記憶を供に連れてくる。
母親の、ぞっとするような壊れた微笑、血に染まったバスタブ、捨てられた自転車、かけられた鍵。
危篤の祖父、地震。ジィちゃんは無事だろうか。
戻ったときに、取り返しのつかないことになっていたらどうしよう。
いや、それ以前に、本当に戻れるのか?
ずっとここ――――大正の時代に囚われたまま、二度と帰れないのかも。
「ああ、マジに……どこまでも、後ろ向き……」
しっかりしろオレ、と呟いて、光也は枕に押し付けていた顔を上げた。


もう夜だし、あまり強く叩いては廊下に響いて怪訝に思った使用人が起きてくるとも限らないと、憚って軽くノックした。
しかし軽すぎたのか、部屋の主(実質この屋敷の主のようなものでもある)からの返答はない。
光也は周りに人がいないかきょろり確認してから、どうやら大丈夫そうだと判断して言った。
「……オレだけど。もう寝た?」
「やあ。まだ起きてたよ」
即座にドアが開いたので、こちらが面食らってしまった。
「つうかお前、態度が露骨すぎ」
顔を見せた主に、光也はため息をついた。
おそらくこいつは、やってきたのが自分でなく使用人の誰かなどであったなら、狸寝入りを決め込むつもりだったのだろう。
指摘すると、仁は悪びれなく笑った。
「こんな時間に瀬戸なんかに起こされる用事はろくなものじゃないからな。母親(あの人)はもういないし、残るのは春日の祖父がらみとか」
寒いし、部屋の前でいつまでも話しこむのもなんなのでひとまず中に入れてもらいながら、
「亜伊子だったらどうすんだ」
「ビショップならもっとどんどんと叩く」
「……なるほど」
光也は想像して納得した。
仁が真面目な顔で言った。
「で、お前は何の用でここに? 夜這いか」
ゴン。
「殴るぞ」
「……殴ってから言うなよ」
「うるさい。一発で勘弁してやったんだありがたく思え」
つれないなあ、と笑う仁は随分楽しそうだ。こいつマゾか、と光也は己が殴ったくせに脱力した。
仁の部屋も、室内の温度は光也の部屋とさほど変わらないだろう。
それでも寒さが和らいだように思うのは、すぐ側に人がいるから。
「冬って――人恋しくなるよな」
言ってしまってから、自分の言葉に赤面した。案の定、仁はきょとんとしている。
「は? どうしたみつ、突然」
「べっ、別に! 特別な意味なんかねーよ。ただ、寒かったから……」
寒かったから、避難してきた、それだけ。
なんだか気恥ずかしくて、仁から視線を外す。
部屋の中に彷徨わせた目が、やはりどでかいベッドを映し出した。
仁の顔が見れないまま、光也は大きく息を吸った。
「いっ……一緒に寝てもいいか」
握り締めた拳が羞恥で震えた。
一人で寝れないなんて小さな子供じゃあるまいし、と思うものの、あの暗闇に取り残されるのは耐えられそうになかった。
部屋に戻ったらきっとまた、マイナスの思考に引きずり込まれてしまう。
「……」
仁からの反応はない。
光也が不思議に思っておそるおそる顔を上げると、仁は自分の頬をつねっていた。
つねったままの仁の目と目が合う。
「……何やってんだお前」
「いや、これは夢かなと……」
アホか。
光也はだんだんバカバカしくなってきた。悩んでいた己が無駄みたいじゃないか。
「言っとくが、夜這いじゃないからな。妙なマネすんなよ。したらソッコーベッドから蹴り落とすからな!」
「僕のベッドなんですけど?」
仁の部屋にでんと据えてあるベッドは、二人でも余裕で寝れる。
まさしく『キング』サイズだな、と潜り込みながら思った。
枕も複数あるし、ちょうどいいだろう。
「男同士の“友人”が一緒に寝んのは、そうおかしなことでもないだろ」
過保護な母親が外泊など許さなかったせいで、実は光也に男友達と一緒に寝た経験はないのだが。
でも、そういうものだろうとは思っていた。
友人と夜更けまで馬鹿話をして疲れて眠ることに、少し憧れたりもしていた。
「……そうだな、我が友」
仁は眼鏡を外して、光也の隣に納まった。



……恋愛感情じゃないんですっていやほんと。(05.11.23)

ブラウザバック推奨