よく考えなくても、ファーストキスの相手が男で、しかも吐くための不可抗力なんて最悪だろう。
ぐぐぐ、と近づく仁の顔との攻防を繰り広げながら光也は思った。
なんとか勝利し、仁を足元に転がした。戦いが白熱したせいでお互いの息は荒い。
なんでこんなくだらないことで体力を消耗しなけりゃならんのだ。
シャツの襟、黒いネクタイを直しながら言う。
「……前から思ってたけど、お前、男の頬にキスしてなにが楽しいわけ」
足蹴にされたのに、すぐさま復活した仁(おそるべき回復力だ、驚嘆に値する)がそれに答えた。
「愛情表現だろ?」
笑う仁に、光也は自身の髪の毛をくしゃりとやった。
「肉体は昇華させないんじゃなかったのか」
「ああ、そんなことも言ったな。まだ肉体を昇華させたわけでもなし、と。祖父に対する言い訳を、まさかお前も信じたのか?」
どこか馬鹿にしたような言い方に聞こえて、むっとして仁を睨む。
視線の先の彼は、ちっとも悪いと思っていないかのような顔をしている。いや、間違いなく悪いと思っていない。
「そう怒るなよ、みつ」
そこまで本気で怒っているわけではないが、かといって流せるほどでもないので、光也はため息をついてみせた。
「誰のせいだ」
「僕のせいだな」
しれっと言い放つ仁、わかっているなら改めろよ。
「そうだよ、お前のせいだ! いいか、お前のせいで、オレのファーストキスが塩味なんだぞっ」
塩味だぞ塩味、ポテチかサッポロラーメンか!
「……ぽてち? 札幌?」
言葉の意味がわからない様子の仁を無視して、光也は拳にぐっと力を込める。
「そりゃーオレだって夢見てる女じゃあるまいし、レモンだとか苺だとか思ってたわけじゃねぇけどよ! 塩じゃあんまりだろ!? 塩じゃ!!」
喋っているうちに段々あのときのことが蘇ってムカついてきた。
そもそもあれは合意の上じゃなかった。
吐けずに苦しんでいる自分を見かねての行為だとわかってはいるが、納得はし難い。
もっと他に方法はなかったのかと。
光也の訴えを聞き終えた仁は、ふーんと軽く呟いた。
「じゃあ次に口付けするときは、ショコラでも含んでからにするよ」
「そういう問題じゃねぇ!」


光也は自分がノーマルのつもりでいます(05.11.27)

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