童は見たり 野なかの薔薇
清らに咲ける その色愛でつ
飽かずながむ
紅におう 野なかの薔薇
ソファに少年王よろしく座った仁が言った。
「野なかの薔薇が聴きたい」
「またえらく唐突だな」
こいつの行動には脈絡が無い。いや、もしかしたらあるのかもしれないが、つきあいの短い、かつ大正時代の常など知らない光也にはよくわからない。
でかいお屋敷に住んで、様付けで呼ばれて、使用人にかしずかれた彼にとっては、これで普通なのかも。
仁はじっと光也を見てくる。
「聴きたい」
「CD……はねぇか、レコードでも聴けば」
たぶんこの時代にもレコードはあるよな、と思って光也がそう言うと、仁はそれこそ壊れたレコードのように繰り返した。
「お前のヴァイオリンが聴きたい」
人の悪い笑みの中に真剣さを隠した、その緑色の瞳。どこか魔性めいている。
「嫌か」
「嫌だ」
光也はきっぱりと拒絶の意を示した。
魔に魅入られてたまるか、などと大層な理由があったわけではない。
ただ単に、仁の言い方が気に入らなかっただけだ。
「どうして?」
「……また、前みたいに抱きつかれでもしたら困るからだよ」
以前、亜伊子にねだられてヴァイオリンを弾いたとき、突然抱きついてきた仁(と亜伊子)のせいで身体のバランスを崩し、頭を打って気絶してしまったことがある。
仁は心外だ、という顔で言った。
「別段、ヴァイオリンを弾くからお前に抱きつくわけじゃないぞ。普段からお前には抱きつきたいと……」
「なお悪いわ!」
光也に怒鳴られて首をすくめはするものの、懲りはしないのだから、こいつは。
実際仁は特に応えた様子もなく、
「弾いてはくれないのか?」
「嫌だっつってんだろ。気分じゃない」
「そうか。……仕方ないな」
やけに素直に引き下がったなと思っていると、仁はいつまでたっても光也から視線をはずそうとはしなかった。
視線が肌に感じられそうなほど見られて、そのうち穴が開きそうだ。
光也は居心地悪く姿勢を変えた。
「な、何見てんだよ……っ」
「見ているだけだが。いけないか?」
返答の間も一瞬たりとも、仁の視線は動かない。
「ちょっと……いやかなり、気まずい」
光也が身じろぎすると、仁はゆっくりと口を開いた。
「飽かずながむ――」
「は?」
「野なかの薔薇、だ。童は見たり、野なかの薔薇、清らに咲けるその色愛でつ、飽かずながむ……」
リクエストした曲の歌詞を口ずさんだ仁は、それから付け加えた。
「お前を見ているのは飽きない」
ふっと笑う仁。光也は腕をさすった。
「やめろ、鳥肌たった」
「寒いのか? 温めてやろうか」
「全力で遠慮するっ」
オレが本当に薔薇だったら、真っ先に抱きつくお前に棘を刺してやるんだからな!
そう怒鳴って、光也は部屋を後にした。大笑いする仁を残して。
男を薔薇に例えるネタなんて書く自分の頭に疑問を覚えます(05.12.04)
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