ときおり木のきしむ学舎の廊下。レトロな雰囲気を醸し出している。
雰囲気も何も、大正時代の建物なのだから、現代っ子の光也から見ればレトロなのも当然なのだが。
この学校の生徒たちはほとんどが寮住まいだが、光也と仁は例外的に自宅から通っている。
着慣れない制服の首が苦しい気がして、光也は襟元を緩めて着ているのだが、慶光(ジィちゃん)ならきっちり着ていたのだろうと思う。
品行方正な『慶光』から『光也』へのこの変化、周りにどう見られているやら。
わかってはいても、これがオレだし、ということで開き直った。
オレは光也だ、ジィちゃんにはなれない。
「光也、ぶつかるぞ」
「へ? ……うわっと」
仁の声に我に返れば、光也の身体は、廊下の曲がり角をそのまま真っ直ぐ突き進むところだった。
仁が腕をぐいと引っ張ってくれたおかげで、光也は顔面を打ち付けるのを免れた。
「あ、ありがと」
「何をぼんやりしているんだ?」
「別に……、ってお前、いつまで掴んでるんだよ」
光也の腕を掴んだままの仁の手を振り払う。……振り払えなかった。
仁はがっちりと掴んだ手を離さない。
焦れた光也は声を荒げた。
「なんなんだお前は!」
「危なっかしいからな。またぶつからないように僕が手を繋いでいてやろう」
「いらん! 子供扱いすんなってのっ……」
いつものようにぎゃーぎゃーくだらない喧嘩に発展しそうになったところに、仁がふと足を止めたので、光也の足も彼に倣うように止まる。
「? なに……」
問い質そうとした光也の耳に、少年たちの話し声が飛び込んできた。
「……相馬がさ……」
「相馬って、一年の優等生の」
「あの有名人だよな」
って、オレ(いやジィちゃんだけど)の話をしてる!?
光也は廊下の向こうの会話に、つい聞き耳を立ててしまう。
「頭を打ってからおかしくなっちまったそうだな」
おかしくて悪かったな、とむっとなった光也を、仁が小さくくすりと笑った。
「以前の相馬は眉目秀麗、成績優秀、いかにも深窓のご令息って感じで」
「そーそー、高嶺の花」
並べられる賛辞の言葉に、光也は祖父の偉大さを噛み締める。
仁に掴まれた腕が痛み、見ると、彼は握る指に強い力を込めていた。いてーっつーの。
光也の内心を知らず、少年たちは話し続ける。
「でもさ、今の相馬は美貌はそのままなんだけど、近づきやすくなったというか」
「ああ! なんかわかる。キレーな顔は変わってないのにな」
「頭打ったせいで隙が出来たのかね?」
「いいよな、日本美人って」
「おいおい、美人といっても男だぞ」
「まあ美しいものを愛でたい気持ちはわかるがな」
「ははは」
はははじゃね――――! 光也は心の中で絶叫していた。
今や仁の指はぎりぎりと光也の腕を締め付けている。制服の布を突き破って爪が食い込みそうなほど。
目が、目が据わってるし。
「い、いてぇって! 離せよっ」
「あんな風に言われて……」
「うっ」
「確かにお前には隙がありすぎるんだ」
「んなこと言われても」
「うるさい、じっとしてろ」
言うなり、仁は光也の開いた襟をきっちり正した。それから思い知れとばかりに光也の頬に口付けた。
「!!!!」
今度こそ光也は仁の腕を振り払い、仁は
「ほら、隙だらけじゃないか」
こいつしゃあしゃあと言いやがる。
「くっ、ゆっ……油断しただけだっ」
「とにかく! 僕と二人だけのときならいいが、これからは学校ではもう少し毅然とした態度を心がけるように」
生活指導の先公かよ、と思うようなセリフと共に、仁は光也の肩を抱く。
「お前なあ……」
しまった襟を少々窮屈に思いながら、光也は肩に乗った腕をまたどけたものかと考えた。



なんか書いてて恥ずかしかった……!(05.12.06)

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