幅のあるソファの上、秋の昼下がり。
――――光也はキレた。
「あああっ、暑っ苦しいっ!!」
今の状況、座っていた光也に、立っていた仁が後ろから首に腕を回している。
その前はおもむろに光也の頭を撫でたり、そのさらに前は黒髪を梳いたり、そのさらにさらに前は……、とそんなふうにさっきからずっと手を変え品を変え仁は光也に触れてくるものだから、とうとう光也も耐え切れなくなって声を上げた。
こっちは楽譜を眺めるのにのめりこんでいるというのに。
「何なんだお前はべたべたべたべたと」
「これから寒くなるからちょうどいいじゃないか」
「よくねェ! 離れろよ、邪魔」
「ひどいなぁ。お前の楽譜を眺める顔があまりに愛しくて、つい構わずにはいられなかっただけなのに」
「い、い愛しいってなんだ愛しいって!」
「とても幸福そうな顔をしていたから」
言いながら再び回されようとした手をぺちんと咎めて、光也は手元の紙に目を落とした。
ヴァイオリンの楽譜だ。おそらくは慶光の字で、あちこちに書き込みがしてある。敬愛する祖父が使っていたもの。
主よ、人の望みの喜びよ――――大正に飛ばされる前、宝物だったテープに入っていた曲だった。
光也はヴァイオリンが好きで、ジィちゃんが好きで、いわばその二つが合わさったものが目の前にあるわけだから、自然と顔が緩んできてしまう。
「妬けるな」
「楽譜にまで妬いてどうすんだよ。お前、見境なさすぎ……」
独占欲が強いのは知っていたが、ここまでとは。
どこまで王様なんだこいつは、と光也はため息をついた。
「僕のこともそんな顔で見てくれればいいのに」
「お前はヴァイオリンでも楽譜でもないし、無理」
そう言うと、光也は音符の中に没頭しようとした。
しかしすぐにまた仁はソファの背もたれに左腕を置いて、右手で光也の長い前髪をいじりだす。
それでも無視していると、段々触れ方がエスカレートしてきた。ああ、譜面に集中したいのに!
「だぁからっ、何で触るんだよ!」
光也が振り向いて怒ると、仁は言った。
「身体の隙間を少しでもなくせば、心の隙間も埋められるかと思ったんだ」
光也は目を丸くした。
「はぁ?」
冗談を言っている風には見えない。
彼の緑の目はとても真摯だし、唇は笑みの形を取ってはいるが、いつもとは違った。
奥に潜む何かのせいで、光也は動けなくなる。
仁はそのままの表情で続けた。
「触れることで、それだけ相手の心がわかる気がしないか?」
顎を掴まれて、くい、と持ち上げられた。視線がかち合う。
「心の隙間を全部埋めることは出来ない。だから人は、身体を触れ合うことで補おうとするんだ」
僕はもっと光也のことが知りたいし、光也にも僕のことを知って欲しい。
そう唇の側で囁かれ、そのままそっと触れられた。
仁があまりにも本気だったから、光也は逃げるタイミングを逸してしまったのだ。
「……」
けれど、目的を遂げて離れた仁の顔は、すっかりいつもの彼に戻っていた。
王様気質な性格にふさわしい笑み。
だから光也ももう、心置きなく仁に怒りをぶつけることが出来た。
とりあえずその笑みをひっこめさせるために右ストレート。
「こっ、これで何がわかるってんだよ!」
返答しだいじゃもう一発だ、光也は拳を固めてソファから立ち上がった。
仁がずれた眼鏡を直す。
その手の間から見えた彼の顔は、やっぱり笑っていた。さあ、答えは?
「愛しい、ってことかな」



深夜の妙なテンションで(ry 光也、だんだん仁のペースに巻き込まれつつあります。(06.01.16)

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