こちらにきてから、何度彼を讃える言葉を耳にしたろう。
 光也の尊敬する祖父としての慶光ではなく、同い年の少年としての慶光は、聞けば聞くほど、自分とはかけはなれた雲の上の人のように思える。
 抱きついてきた仁の身体を引き剥がしながら(粘着テープかこいつは)、光也はぽつりとこぼした。
「お前、オレなんかのどこがいいわけ」
 慶光ならまだわかるけど、とつけたす。
 仁はきょとんとした一瞬の後、悟ったような笑みを浮かべた。
「全部――――と言い切ってしまうのは安易かな?」
 光也は頷く。
「……ていのいい誤魔化しにきこえる」
「手厳しいな。こういうのは言葉で表すのが難しいだろう」
 そうだな、と仁は椅子から腰を上げ、窓辺に立った。
 光也はそれを目で追う。仁の後ろ、窓ガラスの向こうに夕焼けが見えた。
 赤とオレンジの光が、空を染めている。その、あまりにも綺麗過ぎる色に、光也は目を細めた。
「お前は僕にとって光なんだよ。ほら、動物が温かさを求めて、陽だまりで寝転ぶような。そんな感じ、かな。そういった温かさを、僕は愛しているんだ」
 その頬半分は、夕日に照らされて赤い。
 眼鏡のレンズに反射した赤が、緑とのコントラストをなしていた。彼の髪が金色に輝く。
 世界に色が存在することを感謝したくなる瞬間というのは、こういうときを言うのだろう。
「そう考えると、お前の名前って凄いよな。光也……ひかりなり、か」
 ぴったりだな、と笑う仁の顔を直視できなくなったのは、眩しいだけが理由じゃなかった。
 仁が窓を一瞥して、こちらに戻ってくる。
「僕にとって光也は、名前どおりの存在なわけだ。じゃあ、お前にとっての僕はどうなのかな」
「え」
 まさか自分の発した質問が自分に返ってくるとは思わなかった。
 なんの構えも出来ていなかった光也は、咄嗟に答えられずにうろたえてしまう。
「えー……っと」
「なんだ、人には言わせたくせに。フェアじゃないぞ」
 仁のため息に、その通りなので反論できない。光也は身体を縮こませた。
「ところで、僕の名前だけど」
「ん?」
「仁とは、愛情のことを言うのさ」



仁――――愛情、慈しみ、思いやり。徳の心。(06.01.19)

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