そろそろ冬の気配の濃くなってきた帰り道を、光也は仁と共に歩いていた。
フォルムのごつい、歴史の教科書か何かで見るような車が、時々脇を走っていく。
せいぜい20キロしか出ていないだろうそのスピードに、自転車をめいっぱい漕いだほうがよっぽど早いのではないだろうかと思った。
だから、気を抜いていたのだ。
「みつ……!」
切羽詰ったような仁の叫びに顔を上げると、目の前に機械の巨体が迫っていた。
声を出す間もなくものすごい力で引っ張られて身体が傾いた。
そのまま、どさっと地面に倒れこむ。
車を避けるために仁が光也を彼のほうへ抱き寄せたのだ、と光也が悟ったのは、自分をかばって下敷きになっている彼を見たときだった。
仁は己の身体を、衝撃から光也を守るクッション代わりにするつもりだったのだろうか。
自分たちを轢きかけた車は猛スピードで走り去ったが、光也にはそれを気にしている余裕がなかった。
「お……おい、仁!?」
慌てて仁の上から身体を起こし、光也は彼の肩を軽く揺すぶった。
倒れたとき、思い切り体重をかけてしまった気がする。
怪我をさせてしまったんじゃないだろうか、そう思うと心配で心臓がどきどきと打った。
「仁!」
緑の目が開いた。
「つ……」
ゆっくり起きる仁を見ながら、光也はほっと安堵の息を吐いた。
「じ」
「大丈夫か!? 光也」
じん、と光也が声をかける前に、起き上がった仁が我に返ったように光也に詰め寄った。
その剣幕に半ば圧倒されながら、光也はバカみたいに口をあけて仁を見た。
その間にも、仁は光也の身体に怪我がないかチェックしている。
「無事みたいだな。良かった……」
心の底から安心したように仁が言った。光也は――――ふつふつと怒りが湧いてくるのを感じていた。
「まったく、昨今は自動車事故も多いから気をつけろと……」
「こ……」
「……みつ?」
「こんのバカ!!」
怒りに任せて光也が怒鳴りつけると、仁は「なっ!?」と面食らった顔をした。
「オレの心配より、自分の心配しろよ! お前のほうが怪我してんじゃねーかよ!」
よく見れば仁の頬には血の跡がついているし、眼鏡のフレームは曲がっている。
オレのせいだ……!
光也は怒りと共にこみあげてくるものを抑えきれなかった。それはたちまち光也の目に滲み出す。
仁を守る。きっとオレは、そのためにここに来た。
それがジィちゃんの願いで、オレはそれを絶対に叶えてやりたいと思った。
なのに、オレが仁に守られてどうする?
「このぐらい、お前に怪我がないならそれでいい」
「よくねェ!」
「……なんでお前が泣くんだ」
「お前がわからずやだからだよ!」
ぼろぼろ、怒りながら泣くなんて、しかもここは往来だ。ガキじゃあるまいしみっともない。
わかっていても涙は止まらなかった。
「泣かないでくれ、みつや」
その言い方があまりに優しいので、余計に泣きたくなる。
「お前が泣かせてるんだよ……っ」
仁を助けたい。仁を守りたい。仁を死なせたくない。
光也ははっきりと自覚してしまった。
祖父の願いは、いつのまにか自分自身の願いになっていた。



書き終わって、鋼で似たようなシーン書いたなと気付きました。あちゃあ。(06.01.20)

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