いくら高級で美味でも、毎日フランス料理を食べに行くと飽きると思う。
身体によくないとわかっていても、無性にジャンクフードを食べたくなるときがあると思う。
それで光也が何を言いたいのかというとつまり、……平成の食文化が恋しかった。
本日の夕食に出されたタンシチューは光也からしても絶品で、こんな文句を言ったら罰が当たるのだろう。
が、飽食の時代に生まれ、色んな選択肢に囲まれてきた光也にとって、横文字の料理を毎日毎日連続で出されると、あっさりしたものやさっぱりしたものやシンプルなものが食べたくなるもので。
食べ物に困る人間も大勢いるだろうこの大正の世で贅沢だとはわかっているのだが、食に対する欲求は光也自身にもどうしようもなく、日々募っていくばかりだった。
ファーストフードとかスナック菓子とかカップ麺とか茶漬けとか……!
思い描けど手は届かない。悲しすぎる。
この間、現代の友人との、学校帰りの外食風景が夢に出てきたときなどは、オレはここまで飢えているのかとショックを受けたほどだ。
意地汚い感じがして、自己嫌悪に陥ったりもした。
だが誤魔化してもしょうがない、真実光也は緑のた○きが食べたい、渇望している。
光也は椅子に座った身体をばふっと横に倒して、上半身だけ寝そべった。
「なっさけねぇー……」
くだらなすぎる悩みだった。まったくもって本当にくだらない、光也はぼやいた。
うううー、と唸る。
食えるだけ幸せなのになあ、オレのバカ、贅沢者。
そうやって自分を叱咤し、我慢している。
「光也?」
コン、と一回のノックに光也が顔を上げれば、もうすでに仁は部屋の中にいた。
光也は身体をそちらに向ける。
「なに」
「遅いから、どうしたのかと思って」
「ああ……」
言われて気づく。
夕飯の後は仁の部屋に行って一緒に勉強をするのが日課のようになっていたから、今夜はなかなか来ない光也に心配になったのだろう。
わり、ぼうっとしてて忘れてた、と言った光也に仁は苦笑して、
「食事の後すぐ寝ると牛になる、というぞ」
「牛……、あ、そうだ」
光也はがばっと起き上がった。仁が目を見開く。
「ん?」
「そういやさ、タンって牛の舌なんだよなあ」
はは、と笑う。冗談を思いついたこどものような態度で、身体を少し斜めに傾けた。
「よく考えたら濃厚なキスよりすごいよな、食っちゃってるんだもんな――――」
軽い雰囲気でまた笑った光也の上にふと影が差した。
それに気づいて、ん、と目を上げる。と、唇に唇がぶつかってきた。
「んっ!?」
いきなり何するんだ、文句を言ってやろうと反射的に開きかけた口の隙間から押し入るように差し込まれた舌が、こじ開けて奥に進もうとしてくる。
あ、なんかさっきのシチューの匂いがほのかにするような、と間抜けなことを思う。
散々光也の中を荒らして、不埒な侵入者は出て行った。
「なにすんだよてめぇ!!」
息をざっと整えてから、光也は言えなかった文句をようやく言えた。
仁はわずかに拗ねたような表情を見せ、すぐにそれを引っ込めてもう一度顔を寄せてきたが、光也だってそう何度もそんなことを許しはしない。互いの唇の間に手のひらを入れて阻止する。
「……なんなんだっ」
「あんなことを言われたら、恋人としては黙ってられないだろう」
「誰が恋人か!!」
「だから、濃厚なキスをしてみたわけだが」
「わけだがじゃねぇ! つうか、なに、じゃあ、タンシチューに妬いていきなりキスなわけ」
光也が言うと、仁は腕を組んで偉そうに胸を反らせた。
「食べ物に対抗心燃やすなよ……しょーもない」
「しょうもないとはなんだ! 僕は一瞬、本気で妬いたんだ……」
「は」
この告白には光也のほうが面食らった。こうも素直に肯定されるとは。
「食べたものはお前の血肉になるわけだから、いわばひとつになるわけだろう。羨ましい」
「何言ってんだか……」
光也は呆れ八割感心二割のため息を吐いた。
独占欲もここまでいけば立派なものなのかもな、と思った矢先。
仁にがしりと肩を掴まれた。
「というわけで、今から僕たちもひとつになろう」
「はぁっ!?」
「僕はお前が食べたい」
「腹が減ってるなら台所に行けこのバカ!」
迫る仁との戦いに突入しながら光也は、どうやら今日は現代食の夢は見ないですみそうだと思った。
その代わりにタンシチューの夢を見そうだけれども。


ほんとしょーもな……(06.02.21)

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