触れてもいいか? と尋ねられた。いつもは許可なんか取らずに勝手に触れてくるくせに。様子がおかしい。
どうしちまったんだこいつ――――光也はこちらに伸ばされた仁の自信なさげな指先を見る。
それは体温まであと十数センチのところで止まっていて、仁と光也の間に緊張を生み出していた。
光也は声に出さずに頷くだけで答えた。
仁をまるで救いを求めている子どものようだと思い、そういう状態の子どもへの接し方を誤れば大きな傷を与えてしまうことを、光也は知っている。
仁が初めは怖々と、壊れ物でも扱うかのようにそっと光也の肩に触れ、そのまま腕を光也の身体にゆっくり回す。
彼の仕草は抱きしめるというよりはすがりつくのに近い。
本当に子どもだ、と思った。世界から置き去りにされて泣き出す一歩手前という感じだ。
ぽんぽん、となだめあやすように背中を叩いてやった。
なにをそんなに怯えているのか知らないけど……少しでいいから慰めることが出来ればいい。
彼の肩の僅かな震えを感じながら、ぽん、ぽんと叩き続ける。
「お前は、ここにいるよな」
小さな声だった。光也は手を止めた。
「……いるよ」
「逃げたりしないよな」
「お前があんまり迫ってこなければな」
彼がちょっとだけ笑ったような気配がした。
「それは、無理だな」
「やってもみねぇで言うなよ」
「……努力する」
「よし」
「でもたぶん無理だ」
「結局無理なのかよ」
でもま、お前ってそうだよな、とまた一つ背中を軽く叩く。
互いに言葉はふざけているようで、なのに声には熱がない。
仁が光也のシャツの背中をぎゅっと握った。
「そうだな。僕から逃げようなんて百年早い」
七十年以上後の世界から大正の今へとやってきた光也には、その言葉はどこか奇妙に感じられた。
はは……三十年ばかし足んねェな、どうりで逃げられないわけだ。
微かに笑う。
実際は、光也がいくら願ったところで、いつまでここにいられるかわからない。
今日明日にでも訪れるかもしれない別離。
来たときと同様、突然自分の意思とは関係なしに連れ戻されるのなら。
その後、こいつは泣くのだろうか。
「ああ。しかたねぇから、そばにいてやるよ。……ずっと」
仁の手は、シャツをしわになるくらい強く握り締めた。
「……お前って本当に嘘が下手だよな」
耳元で聞こえた声に、光也の腕は宙に浮いたまま、仁を抱き返すことが出来なかった。



仁も、この日々が続くはずないことをなんとなく感じてるという。
(06.03.16)

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