どしん。
「ぅおわぁっ」
後ろからの衝撃に、光也はバランスを崩しかけてのけぞった。
危うく倒れるところだったじゃないか、慌てて下を向くと、自分の腰に巻きついた幼い腕が視界に入る。
背中には高めの体温がぴとっと張り付いていて、光也は呆れた溜息を吐きながら、巻きついた腕に手のひらを重ねた。
「亜伊子。びっくりするから、いきなりはやめろ」
「えー」
亜伊子はきゅう、と抱きしめる腕に可愛らしい力をこめて、頬を背中にこすり付けてくる。
「えへへっ。ナイトー」
「……」
「怒った?」
「……怒っては、ない。でもな、いきなり飛びついて、倒れたりしたら危ないだろ」
「だって、なんかね、わけもなくぎゅーってしたくなるときってない?」
「……」
よくわからん。
光也は相互理解を諦め、部屋の中央に目をやった。
長椅子の上の仁は、光也と亜伊子のやりとりがお気に召したらしく、読んでいた本から顔を上げてこちらを眺めている。
光也は不快に軽く眉を顰めた。
「何にやにやしてやがる」
「別に?」
亜伊子と違ってでかい図体の可愛げのない少年が、緑の目を細めて
「ビショップ、わけならあるよ」
にこりと仁は笑ったのだろうが、光也の目にはにやりに見えた。
「そうなの!? 教えて、キングっ」
亜伊子は光也の腰に腕を回したままで問う。
仁の笑顔に薄ら寒いものしか感じなかった光也は逃げ出したかったが、無邪気な亜伊子を無理に引っぺがすのは躊躇われた。
さっきまで子供の腕だったはずの彼女のそれが、何故だか今や鎖と同じくらい光也をその場に縛り付けている。
くっそ、これがあいつの腕だったら遠慮なく突き飛ばしてやれるのに!
光也は歯噛みし、仁は楽しげに人差し指を立てて言いきった。
「好きだからだろう」
というわけで、と椅子から立ち上がり、仁がゆっくり近づいてくる、というわけでってどういうわけだ、光也はゆっくり後ずさりたくても、すぐ後ろにぺとりとくっついた亜伊子がいるのでそうもいかない。
なんてやっかいな兄妹だろう、この春日の二人は。光也は必死に仁を睨んだ。
「僕もお前が好きだから抱きつきたくなった」
目の前で立ち止まり両腕を広げた仁に――――光也は先ほど思ったことを遠慮なく実行して、亜伊子を腰にくっつけたまま廊下に出た。
亜伊子がまた後ろから問う。
「ナイトは、抱きつかれるの嫌だったの?」
「……亜伊子はいい」
いきなりじゃないなら、と付け足した。


チャーンドーンゴーン! べたべた構いたがりな春日兄妹。(06.06.04)
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