仁の危機には何度だって走る。何度だって間に合ってみせる。
あの日そう誓ったはずのオレの足は、けれど仁が危機にあってしまってから、それを知ってようやっと駆けつけていた。
「仁!」
道路に転がった仁の身体が、ひどく脆いものに思えた。
まちこ、とかいう――――孤児院で孤立していた少女をかばって(おそらく飛び出したのだろう)、仁は車に轢かれた。
慌てて駆け寄った俺は、血と泥に汚れた仁を見、それからそばに止まっている車を見た。
でかくてごつい、四角い鉄。オレら人間との差に愕然とし、理解すると同時に恐怖が襲ってきた。
人間とは明らかに違う硬さと重さ、勢いの前では、オレたちなんか本当に柔らかくて、簡単に壊されてしまえる。そう思った。
それにこいつ、仁……こんなに頼りなげだっただろうか。
いくら普段の態度が王様だからって、喧嘩が強くたって、普通の、生身の人間なのだ。
大きな力の前にはひとたまりもない。
オレはぞっとした。
「仁! おい、仁!」
激情のまま、倒れ伏した仁の肩を揺り動かそうとして、横からの手に止められる。大人の男の手だった。
苛だって振り返ると、仁のおじさんがオレの手を押さえたまま首を振った。
「動かさないほうがいい」
「あ……」
はっと気づいて、オレは手にこめていた力を緩めた。
頭を打っているかもしれない。そういう時は、下手に揺らすとかえって大変なことになる。
オレから力が抜けたのを見計らって、おじさんは手を離した。
仁の傷は? 大丈夫なのか? 傷の程度はよくわからず、ただ、仁は目を開けなかった。その腕の中にいる小さな女の子だけが、かたかたと震えていた。
あれは初めて仁と出会ったとき、彼の言ったセリフ。自動車事故の多い昨今、と。
オレは記憶を辿る。現代じゃ考えられないような速度制限。30キロも出てなかった。
そうだ、仁を轢いた車も、そうスピードは出てなかったに違いないんだ。
ならきっと仁は大丈夫だ、とオレは自分を安心させるように言い聞かせる。
ああでも、もし、スピード違反の車だったら? もし仁の怪我がひどいものだったら――――。
オレは嫌な想像を追い出したくて首を振る。
色んなことが衝撃的すぎ、入り混じる感情の種類が多すぎて、うまく考えがまとまらない。まとめられない。
その中で特にはっきりと胸をよぎるいくつかを、なんとか捕まえることしかできない。
それは恐怖と後悔だった。なんで仁から目を離した? 一緒に行けばよかったんだ。
まるで自分が大怪我をしたみたいに、ふらつきそうなほどの痛みがオレの身体を苛んでいた。
いや、自分が怪我をしたほうがまだマシだった。
仁、仁、仁。身体と心の半分以上を持っていかれたような苦しさで、オレは泣き叫んでしまいたかった。
仁にぶつけるわけには行かないもどかしさを、自分の手を握り締める力に変換した。
爪が食い込んでてのひらの皮が破れそうになったけれど構わなかった。だってきっと仁のほうが痛い。
彼の痛みを引き受けたくて、オレは強く手を握り続けた。
原沢を呼びに行ったおじさんが、去り際、痛ましそうにオレと仁を見ていたのは知っていたが、オレは手にこめた力をますます強くするだけで、それからずっと張り詰めたものを緩めることはなかった。
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リク企画3。
リクエスト内容「仁光で、花ゆめ1号と3号の間の話」
3号で光也が「仁の受ける傷は全部オレのものなんだよ」って言ってたので、そんな感じに。自分の傷に無頓着なのは仁よりもむしろ光也なのじゃないかなあ。仁を助けるためなら、どんな無茶でもやりそう。それが自分にどう返ってくるかとか考える前に動く。4号とか典型だと思います。自分が怪我したら周りがどう思うか想像したことないんじゃないの光也。自己評価が低いのか、そういうことを考えたこともないのかのどっちかですね、きっと。
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