寒さで目が覚めた。肩を震わせて、光也はぎょっとした。
 服を着ていなかった。剥き出しの肩が目に入る。寒いはずだ。でもなんで裸で寝ているのかが判らない。
 どうしたんだっけ、と回らない頭で考える。
 ごろんと寝返りを打って、一回目の比ではないほどぎょっとした。
 隣に人が寝ていた。
「じ、仁!?」
 うろたえて後じさったせいで、危うくベッドから転げ落ちるところだった。
 なにがどうしてこんなことに!?
 光也は深呼吸を繰り返した。それから酸素のいきわたった脳を動かそうと試みた。
 えーとええと、着物、着たな。でもって、酒を飲んだ。仁と、二人で。
 じゃあその着てた着物はどこに行ったんだ。どこに行ったって言うんだよお!
 考えれば考えるほど、だらだらと嫌な汗が流れてくる。
 光也は必死で否定しようとしたが、この状況、どうしても答えはそっちへ流れていく。
 しかもなんか腰が微妙に痛む気がする。
 やっちまった。最悪だ。最悪っていうか死にたいっていうか死ねオレ!
「ん……」
「っ!!」
 仁の声に、光也の肩が跳ねた。やばい起きるやばい、しかしこの状況をどうしよう。
 焦ったって逃げられるはずも事態が好転するはずもないのは、光也にだってわかりすぎるくらいわかっている。
 したがって、ベッドの中で硬直しながら、仁の緑の目が表れる瞬間を待つことしか出来なかった。
「……あ」
 寝起き特有の、幼い子どものような声の発し方。仁が顔をほころばす。
 たとえそんなほのぼのな空気を醸し出されたって、今の光也が和めるものか。
「おはよう」
「お、おは、よ」
 固まったまま、錆付いたオルゴールの返事をした。
 お願いだから、この状況を打破するような一言が仁から聞けますように、と祈る。神様仏様慶光様。
 仁は情感のこもった声で言った。
「可愛かった、昨夜のお前」

 チクショウ信じたのに救われねェ!!

 光也は心の中、あらん限りの汚い言葉で神と仏を罵った。流石に敬愛する祖父は罵倒対象から除外された。
「みつ?」
 はっと我に返る。怪訝そうな仁の顔がそこにはあった。
「あ、えーと、その、昨日は……」
「ひょっとして覚えてないのか?」
 そのとおりです!と叫べたらどんなにいいだろう。
 ついでに記憶と一緒に昨日のこともなかったことにしてくれればもっといい。
 光也の青ざめていく顔色とは逆に、仁の頬は紅潮している。
「あんなに求めてくれたのに……じゃあ、僕に言ってくれたことも忘れたのか」
 求めたってなんだ求めたって、いやそれよりも何言ったんだオレェェェ!!!!
 光也の心の中は荒れ狂う暴風雨で大混乱に陥っていた。
 その勢いたるや凄まじく、現実なら避難警報が発令されるだろう。
 もはや衝撃に言葉も出ない。そんな光也に、仁は真剣な眼差しを向けてくる。
 その真剣さを一ミリも崩さないまま、仁は言った。
「嘘に決まってるだろ」
 光也の中の嵐が止んだ。
「……は?」
「してないよ、お前が思ってるようなことは」
「え、じゃあ、あの、これ、は……?」
「ああ……」
 くすり。むかつく笑いだ、と光也は思った。
「お前が酔って、あまりに着崩すものだから。それに着物のまま寝るわけにはいかないだろう? だから脱がせた」
「……」
「がっかりした?」
「! するか!!」
 あーなんだ、なにもなかったのか。よかった。
 心の底からほっとして、光也は不当に罵ってしまった神と仏に謝る。
「だいたい、僕は服を着ているんだから、少し考えれば嘘とわかりそうなものだぞ」
「それだけ混乱してたんだよッ」
「じゃあもっとからかっておけば良かった」
「殺す!!」
 身体を起こして仁に殴りかかろうとして、肌に触れる冷えた空気に気付いた。
 仁がにやにや笑う。
「いい眺め」
「っ!!」
 そういや裸だったんだよオレ、光也は慌てて布団をかぶりなおし、服を探す。その上に仁の声がかぶさってくる。
「さて問題です」
「……なんだよ」
「さっき僕が言ったことの中に、いくつか本当のことがあるんだけど」
 ぴし、とまるで空気にひびが入ったよう。光也の動きが止まった。
「昨日のお前は可愛かったよ」
 いっそ殺せ。
 仁の楽しそうな笑い声を聞きたくなくて、光也は枕に顔を押し付けて突っ伏した。


(06.02.10)