くてんとなってしまった光也に、飲ませすぎたかとようやく気付いて、仁は盃を置いた。
 彼が酒に弱いことは知っていたのに、染まっていく肌の色を見ているのが楽しくてつい調子に乗ってしまった。
 それもこれも百合子が彼に着物を着せたりなんかするからだ、と女王様に責任転嫁し、同時に感謝もしている。おかげでなかなか見られない着物姿の光也が見れた。
 そのまま仁の部屋で酒につきあわせて、出来上がったのが酔った光也というわけだ。
 横になってしまった光也の肩を軽く揺すぶる。
「みつ、大丈夫か?」
「ん――……」
 半分夢の中にいるような目はとろんと潤んで、庭園に咲いている薔薇のような色の頬、着物の襟から覗く首筋には血が上って赤く、なんというか、……凄絶なほどの色気だった。
「凄いな」
 思わず呟きが漏れてしまう。
 お前、男のくせにこんなに色気があってどうする、僕をたぶらかすつもりか。
 仁は何かに負けたような気分になって、光也の飲んでいた盃に残る液体をぐいと飲み干した。
 このまま光也の姿態を肴に飲んだら、酒が進んで僕まで潰れてしまうかもしれない、とちらりとよぎる。
 残念ながら、この辺でお開きにしたほうがよさそうだ。
 水を取りに立ち上がろうとすると、くん、と裾を引き止められた。
「なに?」
「……どこいくの」
 ああ呂律がちょっと怪しいしなによりこんな寂しそうな顔でこんなセリフ、これは相当酔ってるな。
「いくなよ」
 仁はぐらつきそうになる理性を立て直す。
「水。飲むだろ? 飲んだほうがいい」
「うん……」
 光也は素直に頷いた。寝転んだまま身じろぎする。着物の帯が邪魔で寝難いらしい。
 仁は今度こそ立ち上がると、水をふたつのグラスに注いで戻った。
 そして光也に視線を移して、目を疑った。
「何してるんだ!?」
 光也は帯を解きにかかっていた。
 着物を乱して横たわる光也、なんていうとんでもない光景に、仁は天を仰ぎたくなった。
「ん、だって、こしにあたっていてぇんだもん」
 どんな苦行だろう。
 このままいくと悟りが開けそうな気がするよ、と思いながら、両手に持ったグラスの片方を光也に差し出す。
「ほら」
 不精なことに、光也は寝たまま身体を起こそうとしない。
「そのままじゃ飲みづらいだろう」
「なら、おまえがのませろよ」
 酔ってる絶対酔ってる、普段ならこんなことを言うはずが。
 いっそ口移しで飲ませるぞこの野郎、けれど思うだけにして、仁は光也の唇にグラスを当ててゆっくり傾けてやった。
 我ながら献身ぶりに涙が出る。仁はため息を吐いた。
 水が少しずつ減るのにつれて光也の喉が上下する。お願いだからもう何事もなくこのまま。
 グラスの中が空になったのを確認してから持ち上げた。飲み終えてしまった光也がほうと一息つく。
 仁も一仕事終えた気分でようやく自分の分に口をつけようとした。したのだが、……邪魔をされた。
「……もっと」
「え」
「もっとのむ」
「あ、ああそう……」
「よこせよ、それ」
 生意気な態度だ。
 しかし怒る気になれないのは、それどころか諾々と従ってしまうのは、我儘ですら可愛いと思わせる何かがそこにあるからだ。
 飲みきれなかった透明な雫が口の端から顎へ伝い落ちる。
 これはもう襲ってしまえという神の啓示だろうか。
 仁が悶々と悩んでいるうちに、穏やかな寝息が聞こえてきた。彼は眠ってしまった。散々人を翻弄しておいて。
「ま、こうなりそうな気はしてたけど」
 肩をすくめ、光也を抱き上げる。帯を失った着物がはらりとはだけた。
 このまま寝かすわけにもいかないし、脱がすか。そのくらいの役得があったって罰は当たらないだろう。
「まったく……手間のかかる」
 しかし仁の口ぶりは、それを苦に思っているようには聞こえなかった。


(06.02.11)