仁の態度がおかしいことに、それとなく気付いてはいた。だが考えすぎだと自分に言い聞かせた。
 たぶん同じ顔だから錯覚しているだけで、あくまでも「慶光」への思慕なのだろうと考えていた。
 そして今やっと、仁が暴発して初めて、彼の想いがそこまで膨らんでいたことを、光也は知ったのだ。
 完全に不覚を取った。
 光也は焦りながら、自分に覆いかぶさる仁を見上げた。
 やばいなこいつキレてる。
「ばっ……! オ、オレは光也だ! 慶光とは違うんだって!」
 彼は思いつめて思いつめてとうとう耐えられなくなりました、と一目でわかる表情をしていた。
 ぽたりと汗が仁の顔を伝い、シーツの上に落ちる。
 息がかかるほど近くにある顔には眼鏡がない。
 光也が抵抗した際に腕か指かに当たって、その辺に飛んでしまったのだ。
 レンズ割れたかなとか、気にかけている余裕は、今の光也からは失われている。
 身体をひっくり返されまいと抗いながら、光也は歯を食いしばった。
 オレは慶光じゃない、オレは慶光じゃない、オレは慶光じゃない……。
 お前が欲しがってるみつじゃないんだよ。
「こんなことして楽しいのかよ」
「楽しいわけがないだろう」
「じゃあなんで……っ」
「決まっている」
 即答だった。
「お前が、光也が好きだからだよ」
 そう言った仁の顔はとても苦しそうだった。呆然とした光也の頬を、一滴の汗の玉が滑っていった。
「嘘だ……」
「嘘じゃない。光也が好きなんだ」
 信じられない? と覗き込まれて思わず肯いてしまうと、
「……なら」
 仁の顔がゆっくりと近づいてきた。
「お前が信じるまで、何万回だって聞かせるだけだ」
 熱い息とともに、耳の中に言葉を吹き込まれる。
 光也の身体からふっと力が抜けた。
 さっきまであんなに嫌でたまらなかったのに。どこまでだって抵抗する気でいたのに。
 そっか、なんだ、そうだったのか。……そっか。
「いいぜ、しろよ」
 それはすんなりと出てきた言葉で、そのことに光也は内心驚いた。
 だが言われた方の驚きはさらなるものであったらしい。拘束が緩んだ。
 自分で押し倒したくせに、何を今更……光也はなんだか笑えてきて(こんな状況だというのに!)、仁は嫌な顔をした。
「……何を笑ってるんだ」
「バカだなと思って。オレも、お前も、バカだ」
 ようやくわかった。
 光也がこだわっていたのは男同士だとか時代の違いだとかではなくて、単に慶光と光也を区別しているか否かだけだったのだ。
 だからもういい。仁が、ちゃんとオレがいいと思って、望んで、それなら。
 本当はオレも、仁に求められたかったんだ。
「どうやらオレは、自分で思ってたよりずっと、お前のこと好きだったみたいだ」
「嫌じゃ……ないのか」
「嫌だったら、こんなことしねぇよ」
 動きを止めたままの手を取って自分の頬に当て、彼に笑いかける。
 光也のほうから仁の服のボタンに手を伸ばした。それで仁の張り詰めていた糸が切れたのがわかった。
 軽く触れるだけの口付けをされた。互いに脱がせあいながら、光也は言った。
「あのさ、頼みがあるんだけど」
「なんだ? もう待ったは無しだぞ」
 そんなんじゃねえよ、と否定して、
「さっきのやつ、もう一回言ってくれないか」
「まだ信じられないのか?」
「ちがっ……けど、聞きたいんだよ」
 一拍。
「お前がいい。慶光じゃなくて、光也を抱きたい」
 あ、やばい泣くかも、と思った。必要とされるのがこんなに幸せな気持ちになるなんて知らなかった。
 泣き声を上げる代わりに光也は、仁を自分と同じ気持ちにさせることの出来る言葉を呟いた。



(06.02.15)