曽祖父の遺品を整頓する。
壊れたギターが入ったケース。たくさんの本。年賀状などの葉書。手紙。その中にある見知った名前。「記憶をなくした慶光」であろうと仲良くしてくれた、光也の友人ともいえる二人。夏目と冬木の名前に光也の頬がゆるんだ。
戦乱の時代を生き抜いてくれたことが嬉しかった。その後もずっと交流があったことが嬉しかった。今はもう、きっと亡くなっているだろうけれど。たとえ生きていたとしても会うことは叶わないけれど。墓参りには行けるのだから。
今度住所を訪ねて線香をあげさせてもらおうと心に決めて、手紙をまとめる。

そうして少しずつ整理していく中で、机の奥から出てきたひとつの箱。
何気なく開けて、目に入ってきた文字に言葉をなくした。

黄ばみをおびた封筒。
その表面に記された「相馬光也様」という、文字。

毎日見ていた、奇麗な書体は。
整った、見やすいその文字は。



震える手で封筒と手に取る。冷たい紙の感触。開封されていないそれを開けて便箋を取り出す。
中の文字もやっぱり奇麗に書いてあって。だからこそ時間によって変色した紙の色と、端に落ちる赤黒いシミが、目立った。
日記のように最初に入っている日付は、大戦真っ只中のもの。
亜伊子を通じて慶光に届けてもらうという言葉。
光也がいなくなった後のみんなのその後が簡単に書いてあって。
そして、彼自身のことが、短い文章で書かれていた。

自分は今、幸せなのだと。
光也がいるこの世界を守るのだと。

綴ってある言葉。
彼の、本音。
光也との最後の約束を守り続けてくれているのだという何よりの証拠。

嗚呼。
彼は。仁、は。
どこまでも光也との約束を大切にしていてくれたのだ。
世界が混乱しているその中でも、ずっと努力を怠らなかったのだ。

それが嬉しい。
嬉しくて、けれど時代が悲しい。
何故あの時代に彼は生きたんだ。
光也と同じ時代に何故生まれなかったのか。
言っても詮無いことだけれども。

もっとずっと一緒にいたかったのに。

声は音にならない。
どれだけ呼んでも彼には届かない。

最後に書いてある一文、光也に問いかける一文に答えたくても声は何処までも届いてはくれなかった。