この一年で、学校が終わってから愛宕山に来るのが習慣になった。
何をするでもなく、山の上から下を見下ろして。
それでも、ビル群が遠くを見渡させてはくれない。高層ビルが埋める視界。
大正の時代。どこまでも遠くが見渡せた景色はどこにもない。
それでも、この場所は変わらなかった。
あの時感じた同じ空気を感じながら今日も光也はお参りをすませる。毎日やっているわけでなく、気が向いたときだけだけれども。
正月くらいにしか神社に足を踏み入れなかった頃とは段違いに増えた。これもここ一年で増えた習慣のひとつ。
石段に腰掛けて鞄から手紙を取り出す。
仁からの手紙。何度も何度も開いていて、持ち歩いているからか、端が破れかけていたりするそれは、けれどこれからも手放すつもりはない。ここ最近では黒のチェス駒が持ち歩くものの中に加わった。亜伊子のひ孫から預かったもの。
仁の、遺品。
戦場にあっても肌身離さず持ち歩いたというそれ。光也が現代に帰る直前に手渡した、お守り。
たくさんの細かい傷がついているけれど、変わらぬ姿を保っていた。
慶光の、そして光也のあの時代…四人の中での愛称。その駒。
黒のキングとナイトが、白のクイーンとピジョップを守り抜く。
慶光と仁はきっとそんな約束をしていたのだろう。直接訊いたことはなかったけれど、あの時代にいるとき光也はそれを感じた。
その駒を手のひらで弄びながら光也は手紙を読む。
何度も読んで暗記すらしてしまったものを今日も読む。
綴られた本音を読み返す。
そうして最後に呟く。
手紙の最後の疑問を。
光也に対する問いかけを。
「“君は今、幸せですか?”」
幸福だったと記す仁からの問いかけ。
今自分は幸せだと言えるのだろうか。
じいちゃんはもういない、慶もいない。
仁も、いない。
“君は今、幸せですか?”
「…わかんねえよ…」
母親とはまだ色々あるけれど、以前のようにあたることはなくなった。
友達もいるし、日々は楽しい。
幸せだ。判ってる、この生活はとても幸福に溢れている。
けれど、ここにはお前がいない