「……光也…」
呆然と呟く仁の目の前で、彼の顔が歪んだ。
気が付いたら今まで自分がいたところとはまったく別の場所にいた。
光也が消える一瞬前に感じたあの揺れ。同じものに襲われたかと思い、顔を上げたらまさしくそこは別の場所だった。
最初は自分がいる場所が理解できなかった。
自軍ではない。荒野でもなく。空気もとても穏やかな場所。
まわりには人が誰もいなくて、それでも見渡せばすぐ近くに長い階段。
見覚えがあって、それは記憶に残っているものに限りなくにていて、だから仁はその石段を登った。
登れば思い出す。
記憶にある、その場所とまったく変わらない石段に。
最後に登ったときは二人だった。
最後に降りたときは一人だった。
まだ一緒にいられると思いながら登って、
もう一生あえないとだと考えながら降りて、
それが最後だと思っていた。
その石段。
何故自分はこんなところにいるのだろうか。
夢をみているのか。
夢ならば彼にあわせてくれればいいのに。
一人でこんなところを登らせずに、目の前に現れてくれればいいのに。
一日たりとも忘れたことはない姿。
慶光とは違う人間の。
仁に幸せになれといった。
その言葉があったから、それから無茶が出来なくなった。
簡単に危険に身をさらすことはしなくなった。
けれど戦争が始まって。
日本もそれに参戦して。
遠い地で戦う日本軍。
日本に居る大切な彼らを想いながら自分は戦場に立った。
死ぬ為じゃあなく、生きる為に。
光也が生まれる世界のために。
その為だけに。
最初に光也が現れたその日に言っていた元号。
それと光也の年齢から割り出した彼の生まれ年。
今よりも三十年以上後の時代。
彼が生まれるために、この戦乱を終わらせて。
出来れば生まれた彼を抱きしめたい。
慶光に言ったことがあった。
もう一度光也を抱きしめたいと。
そのためにも生きなければならないのだと。
うん、と頷いてくれた。
何も知らない慶光が、それでも頷いてくれた。
それが嬉しくて慶光を抱きしめたら俺は彼じゃないよと笑っていた。
もう一度会いたい。
もう一度光也に、会いたい。
それが俺の願いだった。
だから夢だと思った。
石段の頂上。
仁を見るその人。
慶光と同じようで違う人間。
光也の姿が見えたときには、夢だと思った。
これは夢で、夢のはずで。
けれどあまりにも現実的で。
触れたい
確かめたい
夢じゃない
夢のはず
(どうでもいい)
ここに、光也がいるのは、事実なのだから。
だから夢なら後数秒覚めないで。