父親が死んだのだ。最後の一番近い肉親を失った。
一人で生きていかなければならないのだ、これから。
それをフレイは知っている。
知っていて、それでもなお、彼女は依存の対象を求めてしまう。
昔からの自分の悪い癖だ。
母親が死んだときは――――遠い遠い昔のことで、自分には関係のないことみたいだった。
気づけば父親だけの家庭が当たり前になっていて、それが基準になっていて、
よその家にはたいてい両親がいるものだと考えもしなかった。
下手に傷つくよりは、最初からいないものとして普通に平穏に暮らしていったほうが良かったし、
実際にそういうふうにできるのだ、人間は。
だが、今回は違う。
目の前の父親の死は、忘れ去ることを許してはくれない。
深く深く心に刻まれた生々しい傷跡は、どくどくと血を流し続け、ふさがる気配をまったく見せない。
このまま血を流し続けたら自分はきっと死ぬだろう。
自分が死ぬことについては、フレイはそれほどたいしたことだと考えてはいなかった。
だが、あいつらは許せない。
パパを殺したコーディネイター。
命の理に叛く、汚らわしい化け物たち。
私が死ぬとしても、それはあいつらが一人でも多く死ぬのを見届けてからだ。
だからフレイは軍に志願した。
だからフレイは、キラに――――身体をなげだした。
気持ち悪い。
憎くてたまらない。
キラに触れられた部分から、自分が腐っていくみたいで、嫌で嫌で、だが我慢しなければならなかった。
ねえ、殺して。
殺して、血を撒き散らして、真っ赤に染めて。
あいつらを、あんたを、そして――――わたしを。
フレイは願う。いつか来る日を。
フレイはキラの部屋で、鏡の中の自分を見ていた。
ひどい顔をしている。ひどい目をしている。
死神の幻影にとらわれている。
「私が死んだら、誰か泣いてくれるかしら」
ぽつりと言ったはずだった言葉なのに、思いのほか自嘲の響きが滲んだことに自分で気がついて、フレイは嫌になった。
キラに聞こえていなければ良い。
そうじゃなくても、聞き流してくれると良い。
こんな浅ましい、みっともない独り言に答えが欲しかったわけじゃない。
フレイは思う。
彼女の父が殺されたとき、彼女はほとんど半狂乱になって泣き叫び、気を失ってしまった。
それほどまでに、彼女にとって父親は大切な存在だった。愛する存在だった。
そして、彼にとっても、フレイは唯一絶対の愛を注ぐ相手だった。
だが、彼は死んでしまった。
彼がいなくなってしまった今、フレイを一番愛してくれるものはいなくなった。
彼が死んだときの自分のように、自分が死んだとき嘆き悲しんでくれるものは、もはやいないのだ。
その考えは、ひどくフレイを痛めつけた。
なんて淋しいのだろう。
なんて……胸の締め付けられることだろう。
ベッドに座っていたキラが、顔を上げた。
「死なせたりなんてしない」
冷たく燃える、青白い炎の浮かぶ目だった。
まともに見てはいけない、引き込まれてしまうから。
わかっていたのに、フレイは視線をぶつけずにはいられなかった。
振り返ったフレイに、キラはもう一度言った。
「僕がフレイを守る。フレイを死なせたりなんてしない。生きて、一緒に笑っていたいから」
なぜ彼だったのだろう。
自分のそばにいたコーディネイターが、よりにもよって、なぜ。
キラでなかったら、自分の胸は、きっとこんなに苦しく痛むこともなかったのに。
フレイは立ち上がり、何も言わずにキラを抱きしめた。
フレイの胸がまた、甘く、痛んだ。