「ねぇ、そろそろ朝よ? 起きて」


少女の声とともに、肩を軽くゆさぶられて、キラはゆっくりと目を開いた。
本当なら起きたくない、寝ていられたらどんなに良いだろう。
どうせ起きたってまた戦いに駆り出されるだけで、
そしてそんな日々の繰り返しはキラの心を毎日少しずつ確実に蝕んでいった。
それでも自分には守りたいものがあるから。
自分が戦わねば守れないものがあるから。
アークエンジェルの皆、友人たち、そして自分の隣で寝るようになった少女。
彼女を得てから、キラは、ただ隣に誰かいてくれるというだけでこんなにも安心するものだということを知った。


時々ひどくうなされる夜がある。
死人が次々に枕辺を訪れ、キラを責めては、光となって消えていった。
飛び起きれば、額には汗の玉が浮かんでいて――――部屋の中は暗くて、
でも、その後に必ず、自分を心配そうに見るフレイの目がそこにあって。
そっと汗をぬぐって、額にキスをして、悲しそうな目で、「大丈夫よ、私がいるから」と言ってくれる。
彼女の『初めて』を貰って以来、キラは2度、彼女とした。
どうしても耐えられないとき、自分の中にある何かが寒くてたまらないとき、キラはフレイの温もりを求めた。
それ以外のときは、ただ横で寝る。
一緒のベッドを使っているだけで、腕枕をするわけでもなし、手を繋ぐわけでもない。
けれど、隣に確かにいる存在が、自分が暗闇の中で一人ぼっちではないのだということを実感させてくれる。
どうしようもなくてがむしゃらに泣きたい、叫びたい、すがりたいとき、手を差し伸べてくれる人がいる。
すぐ横の、規則正しい小さな呼吸音。自分の心臓の音。
大丈夫、君はまだ生きている。僕も生きている。
宇宙に消えることもなく、暗闇に飲み込まれることもなく、生きて、ちゃんとここにいる。
キラはそう思って、安心して眠りにつくのだ。


キラが目を開けたのを見て、フレイは言った。
「やっと起きたわね。よく眠れたみたいで良かったけど……」
身体を起こそうとしたキラは、だがシーツを頭からかぶってベッドに逆戻りをした。
「あ……、あっご、ごめんっ」
「どうして謝るの?」
フレイは目を瞬いた。
本当は、彼女にも原因はわかっているのだ。
フレイは下着しか身につけていなかった。
今までだって、するときに見ているし、それこそ素肌だって見られている……とも思うが。
きっと明るいところで見るのと暗くして見るのでは違うのだろう、とフレイは納得した。
フレイはシーツお化けはほっぽっておくと決め、軍服に袖を通しだした。
「ほら、着替えたから、いい加減ベッドから出たら?」
くすくす笑いながらフレイに言われて、キラはようやく顔を出した。
フレイはちょうど、ブラシと髪留めを持って、髪を結わえようとしていた。
つやつやとした、長い赤い髪。
言葉がキラの口をついて出る。
「女の子って器用だよね。もうひとつ目が後ろについてるみたいだ」
「そう? このぐらい、誰だってできるわよ。ましてやあなたは……」
フレイはそこではっと気づいたように口をつぐんだ。
その後に続いたのはきっと、「コーディネイターだから」という言葉。
ごまかすようにフレイは笑って言った。
「ね、結んで?」
甘えるような声音。
「えっ……」
はい、と言ってキラにブラシと髪留めを手渡すと、フレイはくるりと背を向けた。
キラはためらいがちに指を伸ばしてフレイの髪を触った。
さらさらで、しっとりしていて、滑らかな手触り。
痛まないようそっとブラシをかける。
「キラ」
「ん?」
何か失敗したのだろうか。
キラは梳る手を止めた。
「キラは、おろしてるのと結んでるの、どっちが好き?」
フレイの質問に、キラは素直に答えた。
「どっちだってフレイに変わりないから、どっちも好きだよ」
一瞬の沈黙の後、少しむくれたようにフレイは言った。
「そういうこときいてるんじゃないけど……まぁ、いいわ」
キラは、フレイ自身を好きなのだと言う。そういうことだ。
結局、キラはうまく結べなくて髪をぐちゃぐちゃに乱してしまったけれど……
許してあげようかなとフレイは思った。





モドル