フレイはベッドから立ち上がった。
とたん、足元にぽっかり開いた穴にまっさかさまに落ちていきそうな気がして、恐怖が身体を駆け抜けた。
あやうくあがるところだった悲鳴をかろうじてとどめて、フレイは足を伸ばした。
底が見えない。悲しみも痛みも。
どこまでも、どこまでだって落ちていくことは出来る。
とても安易でシンプルだ。
それなのに、上に昇ることはなんて難しいんだろう。
それはひどく理不尽なことに思えた。
虚無を知ることが大人になるということなら、私は子供のままでよかったわ。パパ。
フレイは自分が何をしたかったのかを忘れかけていた。
エラーを知らせるシグナルがずっと鳴り響いている。
私はキラをどうしたいの?
キラに何を望んでいるの?
フレイは思い悩み、頭を振った。
鮮やかな赤い髪の毛がばさりと空気を乱し、風を生んだ。
だって……だって仕方ないじゃない、こんなことになるなんて、思ってなかったんだもの。
いつものより、痛みが激しいとは感じていた。血も、いっぱい出て……。
でも、だからって。
今となってはもうわからなかったが、ひょっとしたら……そうだったのかもしれなかった。
それを思うだけでフレイの胸は締め付けられた。
キラとのことは衝動的に熱に流されるままの行為だったから、避妊のことに配慮する余裕もなくて。
そうだとしたら、その命は、芽生えたことにも、――――消えてしまったことにも気づかれなかったのだ。
可哀想だ。
ひとりぼっちのまま逝ってしまった。
そしてフレイはこうも考えた。
違うかもしれない。
本当は、ホルモンバランスがくずれたせいで、単に重くなってしまっただけかもしれない。
でもそれを確かめるすべもなかった。
危うい均衡の心で、フレイは片手で腹を押さえた。
下を向くと涙が零れ落ちそうだった。
キラには言おうと思わなかった。
流産していたのかもなんて、言ってどうなることでもない。
フレイだって、その可能性に気づいたのは最近で、たまたま読んだ本に似たようなことが書いてあったからで――――
どうしてだろう、とフレイは思った。
今までの自分だったら、キラを縛り付けておくために、きっと告げていた。
そうすればキラはきっと罪悪感から、フレイのことをますます必死になって守ったはずだ。
なんでこんなに、私は打ちのめされてるんだろう。
こんなの、なんてことないはずだ。
だけど。
でも。
もしも。
頭の中でいろんな否定と肯定がぐるぐる回って、フレイを振り回す。
フレイは部屋を出た。
ただ、キラの顔を見たかった。