フレイは甘え上手だなあとキラは実感した。
それというのも、今キラはフレイの足にペディキュアをほどこしているからだ。
座っているフレイの裸の足を、まるで靴でも履かせるような格好でひざまづいたキラが支えながら、細い刷毛で色をつけていく。
せっかくデートに行くのだからおしゃれをしたいじゃない、というのが彼女の主張。
年頃の女の子としては当然の、可愛い主張だと言えるだろう。
フレイとキラには今までつらいことがいっぱいあって、だからこうして他愛ない平和をとても楽しんでいる。
そしてキラはフレイには弱いのだ。立場的にも、精神的にも。
ペディキュアは自分でやるの難しいから、代わりにやって? とお願いされれば、ついきいてやってしまうのだ。
「キラって器用よね」
「そうかな?」
言いながらキラは左足の中指を塗り、次の爪へと行く前に小瓶へ一度刷毛を戻す。
少し濃い目のピンクはとても可愛らしい。
フレイに良く似合っているとキラは思う。
「……ちょっとくすぐったい」
「あ、ごめん」
顔を上げれば目の前に綺麗な生足。
フレイは美脚なのは知っていたが、こんなに近くで見るとなんだか妙な気分になる。
キラだって“年頃の”男の子なのだ。
キラは極力上を見ないようにするために、小さな爪先に集中した。
動くとはみ出てしまうから、フレイはじっとしている。
好きだな、と思う。
キラがフレイの足から手を離した。
「ほら、終わったよ」
「ありがとキラ。うん、きれいきれい。上手ね」
フレイは座ったまま上半身を倒して、爪先に息を吹きかけた。
「もうちょっとしたらちゃんと乾くから、そしたら出かけましょ?」
にっこりとフレイは笑い、今日のデートを楽しみにしていることが伝わってきた。
そしてそれはキラだって同じだ。
「うん」
フレイは手をひらひらとさせ、マニキュアのほうが乾いたか確認した。
「ねぇキラ」
「何?」
「今日はもう時間ないからいいけど、今度私にもマニキュア塗らせて?」
キラは一瞬何を言われたのかわからなかった。
「キラの手って意外と繊細なのよね。マニキュア似合いそう」
「それはつまり、僕に……」
マニキュアを塗ってみたいと。
「えっ……でも……」
さすがにキラも、このお願いには困惑した。
フレイは必殺上目遣いコマンドを実行した。
このあたり、自分とキラのことをよくわかっている。
「ダメ?」
「う、うん……ごめん、やっぱりそれは……」
「そう……そうよね。無理なこと言って悪かったわ」
キラは上目遣い→涙目→抱きつきコンボがこなくて良かったと安心したのだが、そうするとフレイにしてはあっさり引き下がったような気がする。
キラは少しの違和感を覚えた。
けれど、深く追求すればきっと藪蛇だ。
「さ、そろそろ乾いたみたいだし、いきましょうか。待たせてごめんなさい」
フレイはそう言って、ミュールを履くと椅子から立ち上がった。
軽くフローラル系の香りがする。
キラはその甘さに自然と頬がほころんだ。




ある朝起きたキラが自分の手の指にマニキュアが塗られているのを発見し、
笑いながら謝るフレイがどこか残念そうにそれをリムーバーで落としてやるのは、
もう少し経ってからの出来事になるだろう。

 

モドル