見えないの。
あなたの顔が見えないの。
それは部屋が暗いからじゃなくて、私が泣いているからでもなくて、
ただ、私にはあなたの顔がもう見えない。
私は怖くなって、闇の中何かを掴もうと手を伸ばす。
触れるのは空気ばかり。
何の手ごたえも無い、冷たい、拒絶の意思。
私はますますみじめで、泣きたい気持ちになる。
あなたはさっきからずっと私の足に執着しているけれど、私が必要としているのは、身体を繋げることじゃない。
私は、私のこの手に触れて欲しい。ずっと離さないで。
迷子にならないように、暗い道もちゃんと歩けるように、手をひいて、連れて行って。
ちいさいころはぬいぐるみを抱いて眠った。
今はあなたに抱かれて眠る。
私は、いつもしがみつくものを探している。
それがたまたまあなたの身体だっただけなのか、私にはわからない。
それはきっと、あなたもそうでしょう?
ねえ、もっとよく顔を見せて。

 

もう一度何も持たないところからはじめればいい。
そう思うのは間違いじゃないと信じてるから、私は戻ってこれたのに。
私は変わった。
あなたは変わってしまった?
私は両の足をそっと開く。
足と足の間にあなたが入ってくる。
薄闇のずっと下のほうに、夜行性の獣のようにあなたの目が二つ光っている。
あなたとのセックスはなにもこれが初めてじゃなかった。
なのにどうしてこんなに怖いのかわからなかった。
あるいは寂しさを怖さと混同しているのかもしれない。
私はまた手を伸ばす。
あなたの手のひらをください。
今度はあなたがちゃんと見つかって、私はほっと息をつく。
あなたは身動きをして、輪郭がぶれる。
まだ私の身体はあまり慣れていなくて痛みを生んでしまったけど、私はその痛みですら愛せる気がした。
どこまでも近く、どこまでも遠い。
夢に似ていて、ゆらゆら揺れて、生と死の狭間にある瞬間。
何にも属さないのに、全てでもあるもの。
あなたとのとても短い、一夜の旅。
身体を重ねる間中私の感情は定まることが無いけれど。
あなたには私の顔が見えているかしら。

 

私は吐息の合間にあなたの名前を呼ぶ。
確かなのは、好きだという気持ち。
本当に必要なのはそれひとつだけでいいと私は知ったから。

 

きっと、あなたと歩いていける。

 

 

モドル