簡単なことで良かった。
普通の恋人同士のように、色んなことを、たくさん。
傍にいて、日々を一緒にすごし、微笑を交わす。
穏やかな時間を共有する、手を繋いで歩く。
そんな簡単なこと。そして、とても素敵なこと。
たとえば、緑揺れる公園でのちょっとした散歩とか。
「ねえキラ」
前を歩くフレイが振り向いた。
スカートのすそがふわりと柔らかくふくらんで、その色がキラの目に鮮やかに焼きつく。
焦がれるような思いと共に二人の時間は流れていく。
「何?」
街路樹の葉が光を反射して、その隙間から零れ落ちた太陽のしずくが、キラとフレイを眩しく濡らした。
「私、ハンカチをいつも持ち歩いてるの。どうしてかわかる?」
フレイの目がいたずらっぽく笑う。
どこか血統書つきの猫を思わせるその瞳はまっすぐキラに向けられている。
「……」
キラはゆっくりと歩きながら考えた。
「うーん……たしなみ、とか?」
お嬢様育ちのフレイは、そういったことに結構気を使う。
けれどフレイはキラの答えを聞いて舌をぺろりと出した。
「残念、はずれね」
「じゃあどうして?」
「キラが」
「僕?」
まさか自分に理由があるとは思いもしなかったキラは、フレイの言葉を聞いて少し驚いた。
「キラが、泣いたとき涙を拭いてあげようと思って」
もうあんな思いはしたくないから。
後悔してつらいのは嫌だから。
キラが帰ってきたら、今までの偽りのぶんもうんと優しくしてあげよう――そう思ったあのとき、果たせなかったはずの願い。
優しくしてあげたかった。
してあげたかったたくさんのこと。
今なら出来るから。
死んだはずだった二人は生きてまた大地を踏み、戦争は終結を迎えて。
もう一度与えられた奇跡を大切にして生きていこうと思う。
ハンカチが無いときには唇がある。指が、手のひらがある。
フレイはキラに優しくする方法を見つけたのだ。
「だってキラって泣き虫なんだもの」
くすくすとフレイは笑いながら手を後ろに組んだ。
「ひどいなぁ……」
言いながらキラは、フレイが隠した彼女の手をつかまえ、ひきよせた。
そのまま、ふうわりとした布につつまれたフレイの身体を抱きとめる。
キラも静かに笑っていた。
「ありがとう」
優しいキスと一緒に、二人の言葉は木洩れ日に溶ける。
そしてまた、当たり前の日常を。